――将来の夢、そしてその夢や現在の学びの場所を目指したきっかけは?
私の将来の夢は、人工知能の発展・理解・制御を妨げている根本的な問題を自ら発見し、分析し、解明できる研究者になることです。特にAIの知性の仕組みを理論的に理解する「Science of Deep Learning」の分野で、最先端の研究を追求したいと考えています。江副記念リクルート財団奨学生応募当初から、AIを実用した製品に限らず、機械学習自体のメカニズムまでも熟知し公開する「オープンなAIの開発に貢献したい」という志を持ち続けています。現在のAIモデルは急速に発展している一方で、モデル内部の仕組みや、その学習過程はまだ十分に理解されていない部分が多くあります。だからこそ私は入力と出力だけでなく中間層の表現まで詳細に追い、深層モデルの内部でどのような計算が行われているのか、どの構造が振る舞いを決定しているのかを機構的な観点から説明できるようになりたいです。
この方向を目指す上で影響が大きかったのは、ハーバードの教授や研究者との予期せぬ出会いに恵まれたことです。入学当初には、長年 Computer Vision と Visualization 分野で活躍されてきた Hanspeter Pfister 教授や Harvard Visual Computing Group(VCG)のポスドク研究者と出会いました。VCGでは、少量かつ不完全なラベリングしか出来ない画像データから、複数のタスクを効率良く学習させる手法を研究し、その成果を CVPR 2024 で発表しました。もう一つの転機は、Harvard Machine Learning Slack で田中秀則博士との偶然の出会いでした。田中博士が率いる Physics of AI(PAI)Group は、NTT Physics & Informatics 研究部門と Harvard Center for Brain Science の共同ラボです。物理学や脳科学、認知科学を専門とした後に機械学習へ移った研究者も多く、それぞれの分野で培った視点を活かしながら、自然科学に近い厳密な方法でAIを調べる学際的なラボでした。
PAIで特に自分の問題意識を具体化してくれたのが、LLMにおける「知識の書き換え」の研究でした。この研究では、狙った事実を書き換える操作がその事実だけにとどまらず、事実の想起や推論を支える内部表現の構造にまで影響する様子を調べました。モデルの能力を外から評価するだけでなく、その内部で起きている変化を理解することが自分の研究の中心となり、約二年間取り組んだ成果は最終的に ICML 2025 で発表することができました。振り返れば、ハーバードでの研究は、入学時から決めていた一本道というより、小さな研究の積み重ねによって方向が定まっていきました。しかし四年間を過ごす中で、それは単なる偶然ではなく、異なる分野の研究者と自然に接点を持てるハーバードのコミュニティーがあったからこそ生まれたものだと感じるようになりました。
2026年秋からは MIT EECS の博士課程に進学します。Visit Days を通して各大学の研究文化を比較する中で最も強く惹かれたのは、指導を受ける予定の Phillip Isola 教授との研究上の相性でした。Isola 教授は Yale大学でリベラルアーツ教育を受けた後、MIT の Brain and Cognitive Sciences で博士号を取得しており、技術だけに閉じない独自の視点を持っています。その考え方は、ハーバードで幅広い分野に触れる中で自分が身に付けてきた姿勢とも近いものであり、この多様な視点を土台に、MITではより厳密かつ大きな問いに向き合い、他の研究者がまだ思いついていないような研究のアプローチまで探ることができそうだと感じました。ハーバードで「学び方」そのものを学び、自分が追求したい問題を見つけた今、MITではそれをさらに深く育てていきたいと思います。
――日常生活、生活環境について
ハーバードでの日常は、専門を深く学びながら異なる分野の考え方を自分の研究へ取り込んでいく刺激的な毎日でした。
授業では Harvard のリベラルアーツ教育を活用し、幅広い分野を受け身で学ぶだけでなく、作品や議論を自分で形にするところまで取り組みました。例えば一年生の春に履修した Electroacoustic Music では、40台以上のスピーカーが設置されたコンサートホールで自作のデジタル作品を演奏し、言葉にしにくい感覚を音の重なりや空間的な広がりとして表現しました。二年生の CS79 では、観察やインタビューを通してシステムを使う人の行動を読み解き、口にされた要望の奥にある目的や、まだ言語化されていない必要を捉えながらプロトタイプを組み立てました。最終学年に Teaching Fellow として CS79を担当した際には、学生が実装へ急ぐ前に、本当に解くべき問題や設計上の前提まで掘り下げられるよう演習を組み立てました。さらに視野を個々の製品から組織や制度を含む sociotechnical systems まで広げ、より大きな social impact を生むには、問題のどの段階へ働きかけるべきかを見極める思考法も習得しました。こうして四年間継続して新しい分野へ踏み込み続け、中でも最後の学期に履修したLinguisticsは、学部時代に最も好きな授業の一つとなりました。私の研究分野では言語を計算の対象として扱うことが多いですが、言語の歴史的な変化や文法、音韻の規則を学ぶと、人間の認知や複雑な社会関係が言語そのものに刻まれていることが見えてきます。音楽では感覚を表現へ変え、HCIでは言葉になっていないneedsを捉え、言語学では人間と社会を言語から読み解く。自分で作品を作り、人と向き合い、議論を組み立てたからこそ、表面的な知識を越えて各分野の思考法を習得できたのだと思います。
研究の面では Harvard の充実した学部生向け支援を積極的に活用し、一年生の頃から継続的に研究へ取り組みました。最初の夏には Harvard Center for Brain Science で研究を続けるため Cambridge に残り、キャンパス近くで初めて一人暮らしをしながら毎朝ラボへ通いました。ポスドクや大学院生と論文を読み、実験について日常的に議論するうちに、研究は授業の外にある特別な活動から生活の中心へ変わっていきました。二年生を終えた夏には、学部生が寮で暮らしながら研究に専念する滞在型プログラムの PRISE に参加し、Winthrop House を拠点に LLM 内部の知識を書き換える研究を進めました。その成果を ICLR 2025 に向けて論文へまとめた締切直前の数日間は、ハーバードでの研究生活の中でも特に強く記憶に残っています。ラボメンバー全員で三日三晩ラボに残り、誰かの実験が終わるたびに同じ画面を囲んで結果を確認しました。眠気で頭が回らなくなる中でも、皆で本文や図を何度も組み直すうちに、散らばっていた結果が筋道の通った一つの主張へまとまっていきました。長く進めてきた研究を全員が納得できる論文へ仕上げた時には、疲労を上回る大きな達成感がありました。ICLRでは採択に届きませんでしたが、この集中的な執筆によって研究の核を初めて明確な形にできました。その後はレビューを取り入れて論文を磨き直し、ICML 2025 で採択されました。2025年7月に Vancouver で発表した際には、事前に論文を読み込んで具体的な質問を準備した状態で参加された研究者も多く、約2時間半にわたって質疑応答が途切れませんでした。ラボの中で長く育ててきた研究が他の研究者へ届き、新しい議論へ広がっていく光景を目の前で見られたことは、研究者として非常に大きな喜びでした。
私生活では、二年生以降 Mather House のスイートで暮らしました。共用のリビングスペースから数人分の個室へ分かれる造りで、友人たちと日常を共有しながら自分の時間も持てる生活でした。ハーバードではほぼ全ての学部生がキャンパス内で暮らし、所属する House も無作為に決まるため、専攻や課外活動の異なる人と毎日の生活を通して自然に親しくなります。私も寮生活の中で、卒業後も続く大切な関係を築きました。また私は長距離走が大好きで、Boston Marathon の街として世界中のランナーが集まる Boston と Cambridge で数多くのロードレースへ出場しました。大学生活に慣れれば時間にも余裕が生まれると思っていましたが、実際は学年が上がるほど目標も責任も増えました。そこで授業や研究と満足な走行距離を両立するため、三年目から朝5時起床の朝型生活へ切り替えました。高校までは完全な夜型だった自分が、朝のランニングを終えてから授業やラボへ向かうようになるとは想像もしていませんでした。それでも無理に自分を追い込んでいる感覚はなく、目標が大きくなるにつれて、自己規律を自然な習慣として受け入れるようになりました。
――夢の達成に向けて、日々取り組んでいることや気を付けていること
江副記念リクルート財団奨学生は、毎月の活動や今後の目標をまとめたスカラシップレポートを提出します。毎月それなりの時間を費やすのであれば、単なる報告で終わらせるよりも、自分にとって有意義な使い方ができないかと考え、振り返りの機会として活用してきました。まず月末には過去のレポートを読み返し、その月に何へ取り組み、なぜそれを優先したのかを整理します。研究や授業に追われている最中は目の前の締切だけに意識が向きがちですが、文章を書くことで一度立ち止まり、今の努力がどの目標へつながっているのかを再確認できます。すると次に何を進めるべきなのかをより大きな枠組みの中で捉える事ができます。研究への関心や将来像を繰り返し言葉にすることで、博士課程への出願や研究者との対話においても、自分がどのような問題を追求し、どのような研究者を目指しているのかを自信を持って説明できるようになりました。また、英語中心の生活の中で毎月まとまった量の日本語を書くことは、日本語で複雑な考えを整理し、表現する力を保つ上でも貴重な習慣になっています。
月末に長期的な方向を見直す一方で、日々コードを書き続ける事を継続しています。高校時代にオープンソースソフトウェアの公開を始め、2019年からは一日も欠かさず GitHub へコードをコミットしてきました。AIが細かな実装を担う場面が増えるほど、何を作るべきかを判断し、多くの人が実際に使える形へ仕上げる力の重要性は高まっています。不具合に直面した時にも、表面に現れた症状からシステム全体の動きを推測し、原因を絞り込む直感が欠かせません。こうした感覚は、長い期間にわたって設計し、壊し、修正する中で少しずつ育っていきます。研究で新しいツールが必要になった時や、インターンで複雑な不具合に直面した時にも、積み重ねてきた経験をもとに自力で行き詰まりを解消し、短時間で前へ進める場面が多々ありました。毎日実際に手を動かしながら最新の技術に触れ続け 、必要な時にすぐ形にできる判断力と直感を鍛えています。
この二つを続ける中で、将来どこかで余裕が生まれるのを待つより、自分自身が次の課題へ適応し続けることが大切だと分かりました。目標が大きくなるほど必要な力も増えていきます。だからこそ定期的に現在地から目的地までの軌道を修正し、毎日の実践によって少しずつ前進することを大切にしています。
――これから更に挑戦したいことや、1年間の抱負
大学院では自由度が高くなる分、研究も生活も自分で作っていく必要があります。そこでこれからの一年は、成果を出せる働き方と心身の健康を保てる生活リズムを探り、PhD生活の土台を築きたいです。秋以降は Phillip Isola 教授や研究室のメンバーとの議論を重ねます。複数の初期プロジェクトを実際に動かしながら、博士課程で最初に掘り下げる研究テーマを具体化します。また、しばらく実践的な研究を優先する中で手薄になっていた機械学習の数学的基礎も、授業と自習を通して固め直します。
大学での研究と並行して、オープンソース開発やインターンを通じた実践的なソフトウェア開発も続けます。このレポートを執筆している時点では、二年連続で Comcast の Speech AI チームに参加し、音声の入力から出力までを完全にリアルタイムで処理する音声対話型サポートエージェントを開発しています。相槌や割り込みを含む自然な会話を続けながら、必要に応じて社内ドキュメントや外部データベースを参照し、正確な案内を返せるシステムを目指しています。本年度は応答速度や安定性も含めて実用水準まで完成度を高め、得られた成果を論文や特許へ発展させたいです。博士課程へ進んだ後もこうした開発を続け、実際の利用場面で生じる課題に触れながら研究を進めます。
生活面では、これまで非公式に何度も走ってきたフルマラソンに公式大会で挑み、自己ベストを更新します。Santa Rosa Marathon に向けて走行距離と練習の質を高め、怪我を防ぎながら本番で力を出し切れる状態へ仕上げます。初めて公式記録が残るフルマラソンで、今後さらに記録を伸ばしていくための確かな基準にしたいです。
秋から博士課程が始まります。これからも文武両道の境地を目指して日々努力を重ねたいと思います。



