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卒業レポート

academic

2022.04
平松大知
第48回生 - インペリアルカレッジロンドン
卒業後の進路:インペリアルカレッジロンドン

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入学当初の目標はPhDを通じて発生生物学における研究の実験・知識の基礎を身につけることでした。修士課程までは有機化学系の勉強をしており、生物に関しては学部と修士の研究で細胞を培養していた程度でした。しかし、将来は「発生と生殖」や「再生医療」に関する研究や仕事をしたいと思い、博士課程が研究分野を変える最後のチャンスだと考え、多能性と生殖細胞の両方を研究している研究室に入ることにしました。しかし、入学直後のコロナによる最初のロックダウンによって早々につまずいてしまいました。私が所属するLondon Institute of Medical Sciences (LMS) も例外なく閉鎖され、研究室のメンバーと会うことなく始まった博士課程はリモートミーティングと論文を読むという作業しかできませんでした。研究所が再開後もコロナによる制限があり、実験をポスドクから学び、わからないこと等を気軽に聞くことができませんでした。そこで、ロックダウン期間と再会後の数ヶ月は論文を読むことに集中し、必要な知識を身につけることにしました。制限された中でもそれなりに有意義に過ごしたと思います。

緑色に蛍光発光するマウス胚性幹細胞(ES細胞)

研究所の本格的な再開後はプロジェクトの実験に注力することができました。私のプロジェクトの目的は「多能性幹細胞(ES細胞)にとって重要な2つの遺伝子を細胞から消去してもES細胞は多能性を維持できるのかを解明する」というものです。しかし、この遺伝子の消去にかなり苦戦しています。コロナによる遅延も一因ではありますが、2年経っても完了していません。私の実験はこの2つの遺伝子の消去により細胞が死ぬ、もしくは分化して別の細胞になってしまう場合を除いて、消去後に初めて行えるものが多いです。そのため私が当初考えていた状況よりは遅れてしまっているのが現状です。

しかし、最も大変な段階である1番目の遺伝子消去は達成することができました。これが私が江副記念リクルート財団に支援していただいた期間の最も大きな成果になると思います。私が用いている細胞は遺伝子消去の前段階から既に他と比べて不安定なので目的とする遺伝子を消去することが難しいのですが、試行錯誤の結果、達成することができてとても良かったです。また、博士課程の1年目にある審査と2年目にある中間審査を無事通過することができました。特に、中間審査のOverall assessmentではVery goodという評価をいただくことができたので安心して3年目に進むことができます。

細胞培養室で実験している様子

私が所属するLMSImperial College Londonの医学部と提携しているため、私はImperialの学生という身分になります。しかし、当学部は英国の中でもおそらく最も高額な学費をEU圏外の学生に要求します。この学費を負担していただける奨学金は国内にほとんどなく江副記念リクルート財団に採用していただけたおかげで研究を行うことができました。LMSMedical Research Council (MRC) という英国の医学研究を支援する大きな財団によって成り立っており、英国内、特にImperial内では最も研究環境が整っている研究所のうちの一つです。この環境により私の研究でも様々なリソースや設備を使うことができています。このような環境での研究を実現できたのは江副記念リクルート財団による支援のおかげです。また、江副記念リクルート財団が主催するイベントでの交流では海外で学ぶ多くの学生に会うことができました。私の知る限りLMSや周りのImperialの学生には博士課程に在籍している日本人はいません。アジア系の博士課程の学生でさえ、LMSではあまり見かけません。そのため領域や課程に関わらず、同じ奨学生としてイベントで活躍を聞くことはとても励みになりました。

私はまだ博士課程の折り返し段階なので直近の目標は博士課程卒業になります。現在行っている研究は遺伝子編集が主になります。遺伝子編集の可能性についてさらに興味が湧いてきたので遺伝性疾患等の遺伝子治療研究の方面に進むことも検討しています。特に、私が扱っている幹細胞や生殖細胞に遺伝子治療を行うことでその後の世代からも疾患を排除することができるため、博士課程での研究を役立てることもできます。現時点では生殖細胞に遺伝子編集を行う治療は禁止されていますが、安全性や技術が確立されれば解決されるかもしれません。そのために一役買えればと思います。


ロックダウン中とロックダウン後で成長できた、もしくは学んだことが二つあります。


こちらの最初のロックダウンは先述したようにかなり厳しいもので、ほぼ全てが閉鎖されてしまいました。渡英後はホテルを2週間ほど予約しており、その間に住居を決めたり、研究所の様々な手続きを進める予定でした。しかし、予告なしにホテルの受付は閉まり、研究室のメンバー、大学事務とも最初からメールやビデオ通話のみとなってしまいました。誰も知り合いがいないロンドンで渡英直後のこの状況はとても不安定な環境でしたが、最終的には長期に渡るロックダウンを乗り切ることができました。このような場面において慣れること、何とかなると思うことはとても重要だと思いました。私は物事を考えすぎる傾向があるため、何か決断をする際に悩んでしまい停滞することが多々あります。以前、江副記念リクルート財団の方からとりあえずやってみることが大切だという言葉をいただいたことがあるのですが、ロックダウン下での経験はこの「とりあえずやってみる」という行動の支えになると思います。

もう一つは多様な価値観と人間性に触れることで自分の世界というのか許容力のようなものを広げることができたことです。正規の学生として研究所の一員になることで研究所の様々な人と出会う機会がありました。アジア系と比べると欧米の方々は主張や個性が強い方がとても多く、衝突することも多々目にしました。これは研究所内に限った話ではなく、ロンドンで出会った人たちは個性的で多様な人間性を有していました。なぜそのような言動をするのかと理解に苦しみ、ストレスを感じることもありましたが、それらが許容されるのは個性や個人の権利に重きを置く文化があるからだと思います。私は文化圏の大きく異なるアジア人として現地にいることでそれを感じることができたような気がします。多様性に関しては大学のメールで流れてくる黒人、女性、LGBTといった人々の地位向上の活動からも国としての姿勢が見て取れました。

研究室のメンバーとのクリスマス食事会

奨学生には学部生の方も多くいると思うので、イギリスでの博士課程について少し書きます。私は通常とは異なる経緯で入学したのですが、通常の場合は学生を受け入れるにあたって人間性と研究室の人間関係に馴染めるかどうかも重視されます。現学生、ポスドクは候補者と話をし、その学生の印象を話し合った上で受け入れるかどうかを決定します。どのような形式かは研究所や研究室のリーダー次第ではありますが、少なくともLMSでは研究室のメンバーを大事にしていることの表れだと思います。また、入学後にも初期や中間審査において学生と指導教員がうまくやれているかどうかを審査員と話したり、学生の状況によっては研究室の再配属も可能です。このようにイギリスの大学院は研究する環境と学生を大事にする環境が整っています。博士課程に進みたい、興味のある分野でイギリスが強い場合はぜひ応募してみてください。

器楽、アート、スポーツの方々には学術の私にはわからない苦悩があると思います。特に、結果が順位として明確に表れるので学術とは違った大変さがあるのではないのでしょうか。しかし、遠い異国で目標を持って自分の道を突き進んでいることに変わりはないと思います。同じ志を持った奨学生としてみなさんが思い描いている将来を実現できることを微力ながら応援しています。

平松大知
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