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奨学生活動レポート

academic

2023.02
山口 暉善 Kizen Yamaguchi
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――将来の夢、そしてその夢や現在の学びの場所を目指したきっかけは?

風の谷のナウシカという漫画の中の設定に、シュワの墓所という場所が出てきて、そこは「生命をあやつる技術」が眠っている場所だとされています。それを使えば、異常な長寿、体の一部から生き物を培養する、さらに生態系自体のデザインさえできてしまう、そのようなたいへんな技術です。僕が初めてこの漫画を読んだのは12歳の時でした。物語は生命とは何か、文明はどこに向かうのかという問いをリアリティを持って迫ってきて深く印象に残りました。ただ、当時の僕には出てくる内容は当然にフィクションのことだと思われましたーもしくは、遠い遠い未来に起きるかもしれない、自分の生きている間には関係のないことでした。

それから10年が過ぎ、大学2年生の時には獣医学部の施設で培養肉の研究をしました。その内容は、培地の開発ですー細胞が安価で健康に育つような化学物質の組み合わせを特定するというものです。この研究の過程で文献を読み、ラボでウェットラボを経験すると、とんでもないことがわかっていきましたーDNAの配列を短時間で読み取ることができ、狙った場所に別の遺伝子を導入できることは知識としては知っていましたが、この技術を用いれば、あらゆる生物の細胞を取り出して、全能性を回復させて、そこから筋細胞を作り出すことができる。それが実際のこととして、顕微鏡を通して目の前に見えるのです!これはまさしく、風の谷のナウシカに出てくる王蟲の培養施設と同じことが、今この瞬間起きているのでした。

現在僕は学部で遺伝学を学んでいます。遺伝学という分野は、メンデルが遺伝の法則を発見してから200年、アベリーが遺伝物質がDNAであると特定して以来80年と若い分野ですが、その間に、さまざまな観測技術やナノレベルでの操作技術の発達によって、理解が爆発的に進んでいきました。今はバイオインフォーマティクスと言う分野が注目されていますー日夜増え続けるタンパク質発現や遺伝子制御に関する情報を、計算機を用いて解析し、形質と遺伝子の関係性を示したり、分子レベルでの因果関係を理解していこうという分野です。

僕がこれから取り組もうとしている合成生物学という分野は、端的に言うと、工学と生物学の融合です。工学は、自然の法則を理解して、僕たち人間の夢を叶えることだと思っています。熱力学の定式化が、蒸気機関の効率化につながり、電磁気学と情報理論の台頭によって、電化製品や電話通信が普及して、われわれのコミュニケーションや仕事の自動化が大きく進んでいったことは、よく知られた事実です。前述のように生命科学の理解が進んでいる現在というタイミングで、次に起きる工学の革命は、私たち生命自体に向けられるでしょうーこれまで集積されたタンパク質や遺伝子モチーフの理解を集積し、生命システムを変革していくのです。

生命科学の研究には、さまざまな倫理的なイシューが立ち上がります。遺伝子スクリーニングに基づく中絶の是非、遺伝子治療においてどの程度のリスクを許容できるか、研究費の分配の正当性やデータ利用などー黎明期の合成生物学では、特に不確実性が高く、規制面などで整備が必要とされています。新しい物事を行う時にはリスクが伴いますーまずそれが可能かどうか、そしてそれをやるべきかどうか、そのようなことを多面的に捉えて技術の実装をしていける開発者になっていきたいと考えており、日々研鑽していく所存です。

2年生の夏でインターンをした会社の、培養肉のためのバイオリアクターのプロトタイプです。

――日常生活、生活環境について

日常生活においては、普段のスーパービジョンとレクチャーに加えて、自分が興味を持った論文をリストアップしておいて、寝る前などにまとめて読むようにしています。時々思わぬところで自分の卒論に役立つ情報が得られたりします。ただし、研究はやらないとわからないことが多いです。

生命科学において特に重要だと僕が思うのは、知識量であり、インプットの密度です。教科書を複数冊読んで、説明の仕方を比較し、また授業のスライドに出てくる論文には目を通す、そういうふうにして、実験手法、実験結果の分析、その批判的な考察を磨いていくことが、重要です。僕は授業中はノートを取らずに教授の話に耳をもっぱら傾けるようにしています。

何度かに分けて読むと、最初にわからないこともわかったりします。かける時間というのは、成長と比例する変数です。要するに何かをしたければ、それをたくさんしなければいけません。人生に遅すぎるということはありませんーやらないといけないのです。どんなに歳が行っても、新しいことをすることはできる。集中をしなければならないだけです。

――夢の達成に向けて、日々取り組んでいることや気を付けていること

日々取り組んでいることとしては、ジョギングによって体力を維持することです。健康なくして研究はできません。クライミングを行うこともあります。大学生になってからは柔術やキックボクシングなど護身用のスポーツにも挑戦したこともありますが、やはりジョギングがもたらす思考の明晰さにかなうものはないとあらためて感じています。また、早朝にピアノの練習をすることも日課になっていますー感性と論理的思考両方をバランスよく使うことが、粘り強く課題に取り組み、インスピレーションに恵まれた生活をするためには不可欠だと考えています。

人間は高度な抽象的思考を獲得した代わりに、死や罰則への恐怖、過去への後悔や、社会からの逸脱への羞恥心、不条理への絶望ーこのようなあらゆる精神的な苦痛を生じるようになりました。一方で、これは共感、想像、そして希望や工夫という人間ならではのすばらしい能力と表裏一体となっています。人間が一生のうちに出会う問題の数は有限個です。優先順位をつけてそれらを選択して、それに取り組み解決していくということが、幸運に恵まれた人生の土台です。

羊がたくさんいるグランチェスターの風景です。ジョギングコースで日々通ります。

――これから更に挑戦したいことや、1年間の抱負

今年はiGEMという合成生物学の大会に出場しようと計画しています。これは、異なる宿主生物の中でうまく機能する遺伝子のモチーフのカタログを作るという目的を持って開始されたものであり、解析的な手法と実践のサイクルを繰り返しながら、工学的な問題を解決していくという試みです。毎年学部生や院生と問わずに、さまざまなチームが毎年参加し、洗濯洗剤に入れる相互分解しないタンパク質や、天然に存在しないアミノ酸を用いたタンパク質などの、すばらしいアイデアを生み出しています。創造性と功利主義、実践的態度という重要な側面を持っています。

山口 暉善 Kizen Yamaguchi
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