2026/04/21

ベルリン芸術大学留学後の「現在地」│北村 陽

2026/04/21

北村陽

北村 陽 Yo Kitamura

生きることは分かち合うこと。まるで音楽がその瞬間に生まれているかのように、演奏を通して作曲家の想いを共有したいと思います。 これまで、室内楽やオーケストラ、そして国際コンクールやマスタークラス等に参加して世界の音楽家と交…

2023年10月にベルリン芸術大学に留学以降、北村さんの活躍には目を見張るものがあります。何がその活躍を支えているのか、どのような留学生活を送り、日々何を考えているのかを知りたくて、いろいろと聞いてみました。

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Q1. この日のプログラムはバラエティに富んでいて、とても意欲的なものだと感じましたが、何を表現し、伝えたいと思って選びましたか? 

前半一曲目のサーリアホ、後半一曲目のナディア・ブーランジェ、どちらも人の「死」と向き合っている作品だと思います。サーリアホは親友の死から、さまざまな感情が沸き起こっており、ブーランジェは、作品全体を張りつめた空気が包み込んでいます。 

それとは対照的に、どちらもニ曲目には人間臭く「生きる」表現に満ちた、ショスタコーヴィチとプーランクを置きました。 

この時期のショスタコーヴィチは、オペラが国内外で大成功を収め、ソ連を代表する天才作曲家としてキャリアの頂点にいました。政治的弾圧を受ける直前の、自由な創作が可能だった最後の時期の作品です。妻以外の若い女性との恋や、それによる妻との関係悪化など、彼の素顔も垣間見える作品です。

また、プーランクも戦前戦後の長期に渡り構想を練り、オペラなどの舞台芸術のような、人生を歌や踊りで表現した作品です。

TOPPAN HALL ©大窪道治
TOPPAN HALL ©大窪道治

 
Q2. 2023年10月にベルリン芸術大学に入学されて以降、華々しい活躍ですね。ヨハネス・ブラームス国際コンクール、日本音楽コンクール、ジョルジュ・エネスク国際コンクール、パブロ・カザルス国際賞、すべて1位。2025年には、出光音楽賞、齋藤秀雄メモリアル基金賞、ホテルオークラ賞などを受賞。ご自分ではこの快挙をどのように感じていますか?

多くの賞をいただけて驚いています。また、自分に与えられた大きな責任を感じます。国境を越えられる音楽を通じて、さまざまな作曲家達の言葉や想いを伝えていきたいと思います。


 

Q3. ベルリン芸術大学への留学は北村さんの音楽人生にとって、とても大きなマイルストーンとなっていると思いますが、どのように捉えていますか? 

留学は私に多大な影響を及ぼしました。

素晴らしい実技レッスンを中心に、大学の授業やオーケストラから、これまでにない発想や表現に大きな刺激を受けました。 

そして、住む環境も影響しました。受験からしばらく間借りをしていた家は、ホロコーストでユダヤ人が強制収容所へ送り込まれた17番線のあるグリューネヴァルト駅の近くにありました。その家の大家さんは、80歳を超えた今も、音楽で世界の人々が国境を超えて交わることのできるオーケストラを作りたいと語り、実際に、今起こっている戦争や差別で苦しむ人達の支援をしています。

その後私が住んだアパートも、多くのユダヤ人が住んでいた街にあり、街のあちこちに歴史の傷跡が刻まれていました。そうした中で、大学や参加したヨーロッパのアカデミーで、祖国が戦時下にある人、兵役を終えてきた人たちと交流したことは、間違いなく私の音楽表現に影響を与えています。

チェコ・プラハのドヴォルザークホールにてドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏


Q4. 2年前の総会でベルリン芸術大学を紹介していただき、とても興味深かったです。ベルリン芸術大学に入られて2年半が経ちましたが、更なるおすすめポイントはどんな点でしょうか?

 2年前の学校紹介の中で、ベルリンのフィルハーモニーで演奏できるオーケストラの紹介をしましたが、それは今も変わりません。毎度素晴らしいマエストロの指導が受けられます。今年の2月は、私は日本公演のために帰国して参加できず、とても残念だったのですが、何とサイモン・ラトルが指揮をして、指導を受けていました。
 

Q5. 留学前の自分と留学後の自分は、どんなところが変わったと思いますか?また、どんなところが変わっていないと思いますか?

物事に対する視点が変わり、音楽の受け取り方や自分自身の表現にも影響を与えているように感じます。

変わっていないのは、忘れ物が多い事でしょうか。


Q6. この先、何を学び、どのようなチェリストを目指していきたいと思っていますか? 

あらゆる国の歴史や文化を学んでいかなければと思っていますし、現代の作曲家の新しい曲についても学びたいと思っています。

過去から現代までの、さまざまな音楽表現を知ることで、国境を越えて音楽の素晴らしさを伝えたいと思っています。そして、それによって、わずかでも人々が平和を祈るきっかけになればと思います。 

Q7. 音楽を続けてきてよかった、チェリストとして弾いてきてよかった、と思うのはどんな時でしょうか? 

演奏を聴いた方が喜んでくださったり、ご自身で感じたことを聞かせてくださった時でしょうか。言葉が通じなくても、音楽を通して、知らない方とも心や感情を共有できると幸せです。 

 

Q8. 「残念ながらドイツ料理で美味しいものはないです」と話してくれた奨学生もいましたが、普段食べているドイツ料理でお勧めのドイツ料理はありますか? 

私は料理が得意ではなく、食べ歩くこともないので難しい質問ですが、先程お話した大家さんの奥様の手作りのお菓子がとても美味しいです。ドイツで有名なビーネンシュティッヒというお菓子です。

大家さんのお宅でいただいたビーネンシュティッヒ


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北村さんには、大学でのレッスンや様々な演奏機会、音楽家だけではなく、大家さんを始め一般の聴衆の方々との出会いなど、あらゆる経験から刺激を受ける感受性の鋭さと謙虚さを感じます。スポンジのように知識を吸収する子供を彷彿とさせます。

北村さんは財団に入られた時から「社会的にどのような活動をしていくかも重要」と話し、「音楽で世界を平和に」が一番大きな夢と語っていました。世界はどこに向かっているのか不安を感じる今こそ、素晴らしい音楽が不安な気持ちを癒し、前を向かせてくれる気がします。北村さんの夢の実現に、ささやかながら関われたらと思わずにはいられないインタビューでした。

北村 陽

日時:2026年03月20日 18:00
会場:トッパンホール

北村 陽:チェロ
薗田奈緒子:ピアノ

◆プログラム
サーリアホ:ララバイ~無伴奏チェロのための
ショスタコーヴィチ:チェロ・ソナタ ニ短調 Op.40
クレンゲル:チェロとピアノのためのスケルツォ ニ短調 Op.6
 <休憩>
ナディア・ブーランジェ:3つの小品
プーランク:チェロ・ソナタ