――将来の夢、そしてその夢や現在の学びの場所を目指したきっかけは?
「異なる他者との違いを認めながらも、芸術を通じてその人に対して想像力を働かせること。そして、芸術にはそのための時間を担保する力があること」ーこれは、私が芸術を好きであり、作品を作っている根底にずっとあります。 芸術は、ショートケーキに似ているところがあると考えています。それがなくても生きていくことはできるものの、日々の生活にどこか物足りなさを覚えてしまう。生活の中で「余剰」と捉えられがちな要素に対して、少なくとも私はときめきや、時として居心地の悪さを覚え、思考し、語らい、そこに価値を見出しています。芸術という行為には、そうした「強さ」と、他者との関係性を再構築するためのトリガーとなる機能が備わっています。そして、社会全体がそうした芸術のための時間を担保することができれば、より良い社会を築いていけるのではないかと考えています。
ロンドンに移住して4年が経ちました。 丸坊主の野球少年だった頃、元米軍通信所のグラウンドで練習をしていた時に、谷川俊太郎の「朝のリレー」をふと思い出し、雲が全くない青空の遠くの方にフランス人やブラジル人がいるのだろうかと考えていたことを覚えています。言葉も習慣も通じないかもしれない「遠くの誰か」の存在が、幼い頃から頭の片隅にあったからか、留学という外の世界に触れる選択は常に意識の中にありました。 高校生の時、自分が義務教育で習ってきた直線的な歴史観とは異なる視点に触れ、大きな衝撃を受けました。立場が異なれば自分自身が加害者の背景を持ち得え、わかりあえない存在として認識されることもあるということや、それを安易に「わかりあえる」という言葉を使って、理解したつもりになることの危うさを痛感しました。そういった難しさの中で、五感に感覚的に働きかける美術は、想像を働かせ、学び、話すことを日常の一部として営むことができるきっかけとなると考えています。
ロンドンを留学先に選んだのは、多文化都市でありながらも帝国主義の名残を留めるこの国で、どのような芸術活動が培われてきたのかを見てみたかったという理由があります。帝国主義の歴史を持つ複層的な都市において、脱中心主義的なアプローチで芸術を探求するゴールドスミスの姿勢に惹かれ、ファインアートと美術史の同時専攻を選択しました。作り手として作品を作りながら、より広い視点で先人たちがどう構築してきたのか、そしてそれを解釈し直せるのか、という知見を広げるには最適の場所だったと思います。 ここでの学びは、新しい視点や言葉との出会いの連続でした。特に、ベル・フックス(bell hooks)の、既存の学問的枠組みにとらわれないクィアな思想は、覇権的に構築された風景や社会構造を読み解く上で、理論をアイデンティティーのみに限定せず、「いかに奇妙(queer)であるか」を問う私の態度形成に大きな影響を与えました。
想定された機能や意味が剥奪された時、あるいは自分と全く異なる現象が目の前に現れた時、人々はどのように反応し、代替的な形の親密な感情を作り出していけるのか、それが今の作品制作の一つの問いです。 例えば、 “Alone together” (2026) では、建物の電線など建物の裏側にオレンジの電球を設置し、側溝から口笛の音が聞こえるインスタレーションを制作しました。美輪明宏がカバーした Edith Piaf の “Hymn L’amour” の口笛が空間中に現れたり消えたりすることで起動される他者の存在を通じて、普段聞こえるはずのない場所から聞こえる、クィアなサウンドエスケープを立ち上がらせることに挑戦しました。
――日常生活、生活環境について
私が現在学んでいるファインアート&美術史コースは、大まかに言うとファインアートと美術史の2つの学位を同時進行で修めるコースです。通常の2倍の学習量があり、特に美術史については、当初はついていくのが精一杯でした。 コースの基本設計としては、月・火曜日にそれぞれ半日〜1日の美術史の授業があり、水曜日はリサーチ、木・金曜日はスタジオでの制作にあてられています。しかし、私は曜日ごとに明確にタスクを分けることがあまり得意ではないため、授業後は曜日を問わず必要に応じてスタジオやワークショップへ足を運びました。そして夕方から夜にかけては図書館に籠り、課題や次回の授業に向けたリーディング、リサーチを行うという生活サイクルを送っていました。 私は課題の文献を即座に理解できるタイプではなかったため、まずは読む分量を小分けにして毎日取り組む、事前に他のリソースで大まかな内容を把握してからリーディングに臨むなど、自分に合った学習方法を模索するところから始まりました。また、授業ではケーススタディや時代背景について次々と質問され、すでに理解している前提で議論が進むため、課題に加えて類似するアーティストの調査や関連する批評文を読むなど、入念な準備を心がけていました。
ゴールドスミスでのファインアート制作は、すべて自分で設計することが前提となっています。特定の専攻やモジュール、課題は存在しません。強い自主性が要求される反面、プラクティスの実験性を尊重する雰囲気や、それを実現するための充実した施設は、自身の作品をコンセプチュアルに深化させていく上で非常に優れた環境でした。
ロンドンは、非常に速いスピードで動いている街です。気がつけば興味のあったアーティストの展示のオープニングがあり、興味深いワークショップ、トークイベントが開催されており、友人の展示、古い映画のスクリーニング、パフォーマンスなども行われています。素晴らしい作品を無料で鑑賞できる機会も多く、様々な出来事が同時多発的に起きているため、刺激的で多様な作品や人々に出会えるチャンスに溢れています。 しかし同時に、自分のペースが乱されやすい環境でもあります。そのため、常日頃からアンテナを張りつつも、本当に足を運びたいものを精査して生活を営むこと、そして1日のどこかに必ず制作について考える時間を確保し、意識的に空を眺めるような余白の時間を作るよう努めています。
また、ここでの生活を通じて、場所や空間への捉え方も少し変化したように感じます。第二次世界大戦で爆撃を受けた歴史を持ちながらも、長い時間をかけて残されてきた建物が多く存在します。フラット(アパート)一つをとっても家具は備え付けであり、部屋がまるで入れ物のように前の住人の痕跡を蓄積しています。煉瓦造りの古い建物の1階にモダンなカフェが併設されているなど、空間や場所、建物に異なる時間が重なり合っているように思えます。そしてそれらが流動的に移り変わり、人々の生活の営みによって再び息を吹き込まれます。それは、場所がルフェーブルが形容したように「容器」として存在し、人々の生活や暮らしが介在してはじめて真の「場所」になるという感覚です。 東京のように受動的に楽しめる娯楽施設は少ないものの、その分、人々は会話やそこでのDIY的な楽しみに重きを置いているように感じます。何の変哲もない公園のベンチでの語らい、空き地に大きなスピーカーを持ち込んでのダンス、ただ川沿いを歩き続けることなど、一人ひとりが空間に意味づけを行い、時間と機能が交錯していく感覚は私にとって非常に新鮮でした。
――夢の達成に向けて、日々取り組んでいることや気を付けていること
昨年の誕生日に、親友から上質な紙のスケッチブックをプレゼントされたことをきっかけに、水彩絵の具でドローイングをするようになりました。水彩やパステルは色を重ねても、後ろが透けたり、前の痕跡が消せなかったりするので、in-between-ness や、ずれた痕跡、感覚を直感的に手を動かすにはちょうど良いです。物質を一から使い、実験をしていると到達できないスピードで、アイディアと向き合うことができます。そこから、本当にやりたいものだけを選別していくという感じが段々と身についてきました。
自分の作品は、些細なことから始まることが多いです。みるに足りないもの、取るにたらないこと、友達と話したこと、個人の経験・記憶などを少しずつ広げていって作品になっていくことが多いです。だから、人に会うことも重要な出来事です。特に拠点を移し、一から全てを始めた自分にとっては、自分とそういった話ができる人は大事な存在です。スケッチブックをくれた友達も、学部が同じなのに正直最初の半年は、全然うまく話せなかったです。ただ話してみると、色々なことを考えて、まったく自分と考えをもっていたかと思ったら、急に分かり合えたりして、自分の意識が少し遠くの開けた場所に届くような気がしました。
それに加えて、“What if…?” (「もし……. だったら?」)と “looks like…” (「….みたい(に見える)」)という感覚を逃さないようにすることも大事だと気づき始めました。
「排水溝が光り出したら、、?」「街灯が話し始めたら、、?」
「横断歩道が曲がっていたら、、?」「水たまりが鏡だったら、、?」
今出した例は少し馬鹿げているかもしれませんが、「〇〇だったら、、?」という問いは、起こり得ないことを想像するきっかけとなります。それは、「そうだったら」という、仮定(つまり未来)を導くと共に、「なぜそうでないのか」という疑問への追求(つまり過去)に私を導きます。これは、自分のことだけではなく、もう少し広く社会のことを考える際にも、大事なことな気がします。”looks like…”も、「〇〇みたい」という言葉は、感覚的・視覚的に何かしらの接点を感じとっているサインです。それは、全く異なる二つの事象が合わさった時に発生する産物みたいなものを想像する時に大切な言葉だと思います。普段、何気なく過ごしているとどうしてもスクリーンやヘッドフォンの中だけで世界が収束してしまうことも多くあります。意識的に、こういった疑問やきっかけを取りこぼさないように生活することの重要性を、より最近になってひしひしと体感しています。
――これから更に挑戦したいことや、1年間の抱負
まずは、作品を作り続けること。これが最も根本的であり、学部卒業後、何より重要になると考えています。 作品制作には多くの労力と資金がかかります。夏季休業に入るたび、私は大学の施設のありがたさを痛感してきました。特に鉄のような素材は、専用の施設外では簡単に扱うことができません。卒業後において、制作環境の整備と、作品を発表し批評や意見をもらえる場所の確保は、基本的でありながらも大きな挑戦になるはずです。加えて、これが正しいアプローチかはわかりませんが、自身の「様式(スタイル)」を意識して制作することも今後の課題です。これまでの制作を振り返ると、自分の中で深く腑に落ちる作品もあれば、完成した途端にまるで他人の手によるもののように距離感が空いてしまう作品もありました。この「しっくりくる」感覚の精度を上げていくことは、自分自身を深く理解することと同義だと思っています。ロンドンで学ぶ中で、日本との距離や自身のルーツを意識するようになったのも事実です。今後はより実践の数を重ねながら、自身の様式を客観的に見つめる時間を確保し、着実に制作を進めていくつもりです。リサーチを重視し、「自分がどこから来て、どの立場から世界を見ているのか」「誰と、どのように対話し、何を作品として残したいのか」という根源的な問いを、常に自身に投げかけ続けたいと思います。 将来的には大学院進学など、新しい領域にも臆することなく飛び込みながら、自身の作品と探求をさらに発展させていきたいです。



