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奨学生活動レポート

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2022.07
久保田 しおん Shion Kubota
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――将来の夢、そしてその夢や現在の学びの場所を目指したきっかけは?

今の生活ではほぼ日本語を使うことは無くなってしまいましたが、時折日本語に触れる時、特に新しい日本語の流行語を目にすると「うまい表現だなぁ」と思うことが度々あります。その中で最近知った言葉は、「親ガチャ・人生ガチャ」。この世に生まれて、どのような人が親になるのか、そしてその影響を受けて築き上げていく今後の人生を選べないという現状を、ソーシャルゲーム内でランダムな課金アイテムを手に入れる「ガチャ」というシステムになぞらえたものだそうです。

私が今ハーバード大学で物理の勉強をしているのは、もちろん自らの努力があったという自負もありますが、ガチャ要素の部分も非常に多いと思います。というのも、大学まで留学をしたことも物理を学ぼうと思ったこともなく、身内にアカデミアを職業としていた人もいないのです。大学入学までは今の自分に関連する要素が首を傾げてしまうほど無く、また結果的に私を物理に導いたきっかけも、ガチャを引いて出てきたとしか思えないほどランダムなのです。

まず、物理を学ぶきっかけは音楽でした。高校までずっとピアノやフルートを演奏してきており、それが自分の中では一番大事な要素でした。しかし、高校2年生の時に歯に矯正をつけてフルートが吹けなくなったことを不思議に思い、その仕組みを理解するために流体力学を学びたいと思ったのがきっかけです。高校2年生でいきなりの理転はあまりにも無理があったため、選考科目を大学2年生まで決めなくても良いアメリカの大学に進学を決意しました。Mount Holyoke Collegeに江副記念財団様(現・江副記念リクルート財団)のご支援をいただきながら通い、その過程で哲学を通して目に見えないものの存在を証明することの神秘に触れました。同時にコンピューターサイエンスを使って人間の脳だけでは分析できない量のデータを使える強さを感じ、その全てが実験素粒子物理学という一つの点につながりました。宇宙に存在するすべてのものの最小単位である素粒子を、非常に大きなスケールの実験を行うことによって大量のデーアを集め、そのデータを使って仮説を裏付けながら、世の中の「なぜ?」を解き明かしていく。こんなにもランダムに見える、まさにガチャをして出てきたようなきっかけたちがつながり、そしてその先にあった素粒子物理を好きになれたことが全部合わさって今の私を作っているのです。

そして現在は、素粒子の一種であるニュートリノ研究をハーバード大学にて行なっています。先ほどにも言及した通り素粒子は宇宙に存在するすべてのものの最小単位であるため、この素粒子の理論構造を理解することでまだ解けていない宇宙の謎の多くを解き明かすことができます。その中で特にニュートリノについてはわかっていないことが多く、この素粒子の特性を理解することにより、なぜ宇宙には物質の方が反物質よりも多いのか、ビッグバンはどのようにして始まったのか、星が死ぬ時には実際に中で何が起こっているのか、などの謎を解明することにつながるのです。このニュートリノを検出するために有力とされているメソッドの中にLArTPC (Liquid Argon Time Projection Chamber)というものがあります。このメソッドは1970年代に David Nygrenによって考案されました。過去3年間、私はこのLArTPCの作成にクオリティチェックメソッドという観点から携わってきました (https://arxiv.org/pdf/2206.00125.pdf)。そして去年からは、David Nygrenとともに新世代のLArTPCモジュールである、Q-Pixの考案に携わってきました(https://arxiv.org/pdf/2203.12109.pdf) 。これからもディベロップメントに携わりつつ、技術・知識・経験においてLArTPCの第一人者となることが現在の私の夢です。


――日常生活、生活環境について

毎日、基本的には研究室で多くの時間を過ごしています。研究の内容としては二つの違うプロジェクトに携わっています。一つ目はDWA (Digital Wire Analyzer) というプロジェクトで、主にハードウェアの研究がメインとなっています。FPGAと呼ばれるものが乗った論理回路基盤の設計と製作、そのプログラミングに加えて、そのディバイスのテストをした後のデータ解析が主な仕事です。
もう一つはQ-Pixというプロジェクトで、DUNEという世界最大のニュートリノ研究のR &Dをしています。こちらも回路の設計を行いますが、立ち上げ当初から幹部メンバーとしてプロジェクトに参加する機会をいただいているので、ハードウェア研究を行う前のソフトウェアシミュレーションも行ってきました。こちらの研究の成果はPhysical Review Dという学術誌に第一著者として出版される予定です。

DWA(Digital Wire Analyzer)がテストをするAPA(Anode Plane Assembly)。導線が張ってある大きな機械でこれが150個合わさって一つのモジュールとなってDUNEに使われています。DWAは右側に見えている銀色の箱で、この中に私たちがデザインし作成した電子回路がパンパンに詰まっています。

 

ソフトウェア・データ解析系の研究は家からでもできますが、研究室のメンバーと一緒にお昼ご飯を食べたりコーヒーブレイクをするのが楽しみで毎日学校に登校して学校のオフィスで研究をしています。そのため、オフィスでいるときも楽しい気分になれるように、好きなものやリラックスできるものをたくさん持ち込んで幸せな空間を作っています。また、私の所属している Harvard LPPC (Laboratory of Physics and Cosmology)は一軒家を所有しており、その一軒全てが研究者用オフィスとなっています。私のオフィスはそのうちの一部屋を仲の良いポスドクと共有していて、何か研究についての疑問があるときはいつも相談に乗ってもらっています。

私のオフィスの写真です。壁には友達や家族からもらったカードや、友達との写真、お気に入りの漫画や思い出に関連したものが飾ってあります。

 

休日には研究室のメンバーと果物狩りに行ってその果物でパイ作りパーティーをしたり、コスチュームテーマなどを指定した大規模なパーティーやビデオゲームナイトを企画したりして、平日週末かかわらず皆で仲良く時間を過ごしています。大学内外合わせ、どこのどの研究グループよりも楽しく仲の良い自信のある、本当に大好きなメンバーです。料理もこのメンバーでよくしますが、ベジタリアン(菜食主義)だったりペスカトリアン(菜食+海鮮のみ)の人もいるので野菜が多めの健康的な食事をしています。それでも健康バランスは心配なので、毎日1時間半のウォーキングと、二日に一回の筋トレとランニングを続けています。今年10月にはハーフマラソンも控えているのでランニングのトレーニングには多めに力を入れています。

研究室のメンバーとりんご・かぼちゃ狩りに行ってきました。その後にはとってきたリンゴでアップルパイ作りパーティーを開きました。

――夢の達成に向けて、日々取り組んでいることや気を付けていること

何事においても理解を一番深めるにはただただインプットを続けるだけでなく、その内容を定期的にアウトプットすることが大事だと思っています。特に、何年も同じトピック・分野で研究をしていると良い意味でも悪い意味でも色々な基礎知識が当たり前になってしまい、その基礎を見つめ直せば思いつけたはずのソリューションに目が届かなくなってしまうことが多くなってしまうのです。そのため、LPPCの中だけでなく色々な共同研究ミーティングにおいて積極的にプレゼンテーションの機会を企画しそこで発表しています。目安では、毎週一つはプレゼンテーション、少し長めのトーク(30分以上)のトークは1ヶ月に一回を目標としています。
それ以外にも、PI(ラボの教授)に積極的に新しく研究に参加した生徒を私の指導課においてもらえるようお願いし、定期的に書いている自分の研究内容についての取り扱い説明書のようなものを作って一緒に研究をおこなっています。

このようなアウトプットをする機会に向けて、日々の研究の内容もまめに記録するようになったのでこの習慣は続けていきたいと思います。

――これから更に挑戦したいことや、1年間の抱負

今年の秋からは、イギリスのマンチェスターに移動して研究を続ける’予定です。マンチェスターには、DUNE、MicroBooNEのスポークパーソンが両方いらっしゃり、若手ニュートリノ研究者の先頭をゆく私のPIも合わさり、リソースの宝庫となりつつあります。

イギリスに移動して得たいものは主に3つあります。

1)研究室設備の立ち上げの経験。PIが移動したばかりなので、まだ研究室は空っぽの状態です。多くの場合、もうすでに存在している研究室に所属することがほとんどですが、今回の場合は研究室内の設備のセットアップにゼロから携わることができるまたとない機会です。この経験を自らのツールボックスに入れ、立ち上げばかりの新しい研究室をリードしたり、または自らが研究プロジェクトを立ち上げる機会に活かしていきます。

2)ヨーロッパおよびニュートリノフィールドにおいての人脈を広げる。先ほども述べたように、マンチェスター大学にはニュートリノ界の重鎮とも呼べるような教授たちがいらっしゃいます。彼らと同じ研究室でともにアイディアを交換したり今まで私が研究で得た知識を提供することにより、自分ができることをさらに探すだけでなく、さらに自分の強みを活かせるプロジェクトへのコネクションを築きたいと思います。イギリスに移動しても学籍はハーバード大学のままのため、ボストンに戻る際には引き続きハーバードやMITの勉強会に参加し続けることも忘れずにしたいです。また、アメリカからでは頻繁にいきにくい、ヨーロッパ地域で行われる学会にも参加し、アメリカ内外で人脈を広げて参ります。

3)音楽活動をするコミュニティを探す。ハーバードに来てからはCOVID19などの影響もありなかなかオーケストラなどの音楽活動をするコミュニティに参加することはなりませんでした。たくさんの音楽が生まれ、演奏されてきたヨーロッパに近いイギリスでオーケストラコンサートや演奏グループに参加をしたいと思っています。

この3つのものを得られるよう、まずは1年間、新天地で濃い時間を過ごして参ります。

久保田 しおん Shion Kubota
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