2023/05/29

福田 由美 エリカ 卒業レポート

2023/05/29

福田由美エリカ

福田 由美 エリカ Fukuda Yumi Erica

ここ2年の作品は概念のようなことをやりましたが、内的なものと外的なものが交わり、変化する歴史に興味があります。社会や言語、街で起きる出来事、出来事による相互関係。何ができるか明確な決断は持たない意志で、それらに関わり続け…

大学院に入った当初の目的は、学部から自分の作品の精度をもっとあげること、そして異なる土地で作品の見え方や受け取られ方はどのように変わるかを確かめることでした。学部の絵画専攻から大学院で彫刻専攻に転科したのも、東京での学部時代インスタレーションやパフォーマンスの制作をしていく中で、メディウムに対する理解や制作の手数に限界を覚えていたこともあって、院では異なる専攻で別の角度から制作のアイデアを得ようと考えました。

実際に彫刻専攻、School of the Art Institute of Chicagoの学際的なカリキュラムの中で、理論、スタジオを含めて多方面からの刺激を得られました。主に立体作品の素材や空間へ理解、ライティングスキル、Social Theory、Art History (Cultural Appropriationなどの表現が及ぼす侵害や影響)について学びました。

作品の捉えられ方については、異なる環境での受け取られ方から幅広い理解を得る方法を見出そうと考えていましたが、結果は全く逆のものになりました。伝わらないことを認めることが私が得た答えでした。理解されない時、その場に寄り添って形を変えて分かりやすくするのではなく、その場で立禅と表現をし続けることの必要性に気づきました。

アメリカはさまざまな思想やバックグラウンドの人が生活する空間で、全員が共有するコモンセンスは存在しません。もっと言えば、日本にも、どの場所でもそういったものは存在せず、何か普遍的なもの、という幻想を信用しているのかもしれない。その上で、どこを基準に定めるかというと、最終的には自分の経験と感覚に戻るしかないと実感しました。

普遍のコモンセンスは存在しませんが、傾向は常にどの集団にも存在していて、その大きな流れを理解すること、意識し続けることはとても意味のあることだと思いますが、全ての環境に意識を預けようとしてしまうと精神的な負担が大きいことに気づきました。そしてもう一つ辿り着いた結論は、自分と同じような経験をしている人とそうではない人、その人達一方とつながったり、断絶したりすることなくオーガニックに双方と関わり続けることが自分の人生には必要だと感じました。

卒業後のグループ展の全体写真


大学院を卒業する一年前あたりから学外での活動を進めてきました。その結果、シカゴでの展示の企画・参加、ブラジルでの滞在制作プログラムへの参加と日系コミュニティへのフィールドリサーチ、他大学やレジデンスでのアーティストトークなどを行うことが出来ました。様々な土地でコミュニティを広げ、良い作家たちとのつながりもできました。
 
友人のアーティストと今後作家としてのどのようなブランディングを行って行きたいか、といった話をした時、コマーシャルにやっていきたい、コミュニティベースで制作したい、個人のコレクターに小規模で売っていきたい、知名度をあげたい、など色々な意見を聞きます。

自分は今後の活動のため、実験的な企画や展示をしたり、積極的に発信し、展示の企画やレビューなど、アート関係の別の観点の活動も増やしていこうと思います。今年は、LLC(Limited Liability company)に登録して、シカゴで合同会社を作りました。社名はPARALLELEPIPEDO (パラレレピペド)です。アメリカで会社を作ることの簡単さにとても驚きました。名前の由来は、家の中で両親に教えてもらったポルトガル語がきっかけになっています。

私の両親は日系ブラジル三世で、日本での仕事を機に移住、永住することになって私は日本生まれなのですが、家の中では日本語でコミュニケーションをとっていました。ですが、祖父母や親戚と話すときにポルトガル語を使っていたのでその人達と会話をするために、私はポルトガル語を後々少しづつ覚えました。その中で、父が、発音の練習の言葉として、「パラレレピペド」と言う言葉を教えてくれました。これは平行六面体と言う意味なのですが、別の意味で石畳の道、と言う意味もあります。初めはポルトガル語の音を覚えるためただ発音していた言葉が、ポルトガル語がわかるようになると意味として理解していくことが面白いと感じました。常に物事は環境が変われば認識も変わり、同じものでもいくつかの意味や感覚を持つということが、これから自分がやっていくことにマッチしている気がして、この言葉を使おうと決めました。

今後フリーランスでアート活動していくので、この基盤を通してアート関係のプロジェクトを行っていこうと思います。今はグループ展の企画書を作ったり、他のアーティストの展示のレビューとアーティストプロファイルを書いたりしているので、その部分を頑張って行きたいと思います。

院在学中、美術に限らずいろんな人間と知り合うことが出来ました。サンパウロで日系文化についてより深くリサーチをすることができ、そこでできた繋がりを今後も大切にしていきたいです。シカゴで展示にいくつか参加したこと、自主企画に一から関わることが出来たことも非常に良い経験でした。特に、意外と失敗したことや取り組んだけどうまくいかなかったことが後々糧になっていて、マイナスに見えたことも長期的に見ると有益だったことを思い知らされました。

卒業制作の一部クローズショット


「やりたいことをやり続ける」ことが私の目標でした。一年半たって、今のところ紆余曲折しながらも、周りの助けもあってなんとか続けられています。

大学院卒業直前の時期、自分のやっていることに懐疑的になるタイミングがありました。大学院を出るから作品をもっと精巧に、クオリティをあげて作らなければならない、ポータブルに売れる形で作らなければ、当事者性のある動機で表現していかなければ、と現状にとても焦りを感じていました。

その心配はいくつかはとても重要で、いくつかのことは私にとっては不必要なことでした。

例えば私の作品にとって精巧に作ると言うことは、ちゃんとしたものを作るということではなく、ちゃんとしてないものを作って、作品を見た人にちゃんとしていることについてを考えさせることではないかと気づきました。自分の作っているフィクションを、自覚を持って取り組めば、世の中に存在している説得力のあるものに似せようとしなくても精度をもったフィクションの場になり得ることに気づかされました。この分野で活動していて他の人のやっていることも面白いけど自分も面白いと信じることの大事さを感じました。

クオリティはとても大事なことですが、自分にとって何が大事で何がそうでないかを明快にすることは今後も考えていく必要があると感じました。
 
今年はアメリカや日本での展示や、レジデンスプログラムの機会を得れるよう、アプリケーションや制作に通り組んでいきます。
自分の拠点をどこに置きたいかはまだ悩み中なので、色々な場所を行きながら探っていきたいです。それもあってできればアーティストビザを取得したいです。生きていくためにお金も必要なので、仕事も探して、持続可能な方法を見つけたいです。 

しばらく作家活動をしてから具体的に研究したい分野を明確にした後、PhDへの進学を視野に入れています。社会学、人類学、アートリサーチ、移民史とまだどの方向性で進学することが自分の制作にプラスになるか、まだクリアになっていないので、もしかしたら、制作のために全く違う分野に進学するかもしれません。

今年中に個展または二人展、アーティストとしてトークまたはレクチャーをできるようにがんばります。制作は今少しスランプなのですが、方向性はある程度明らかになったのであとはどういうメディウムや規模で制作するかを取り組みながら見つけていきます。自分は展示や発表の機会がないと制作が進まないので発表する場も探していこうと思います。

サンパウロのレジデンス中滞在アーティストたちとの写真


 江副記念リクルート財団の奨学生になって、いくつもの貴重な経験が出来ました。一番大きなことは、支援していただいたことが自信に繋がったことです。
現役中には、総会での成果発表やアート部門でのイベント企画、最後には総会の実行委員の経験もさせていただきました。自分も自主企画と財団内での企画に関わる中で、自主企画で感じた手弁当の大変さと事務局の方々がサポートしていただけることのありがたさを強く感じました。あらゆる面で財団、事務局の方々はとてもオープンで協力的で、それもあって奨学生側も色々な提案や部門間での交流が自然に行えたのではないかと思います。

そして、普段自分は美術関係のコミュニティの中にいるので、財団では他分野の様々な人々と関わる貴重な機会をいただきました。特に総会で成果発表を行った際にいただいたフィードバックは、今でも自分の中で再考する貴重な意見でした。

アート部門の奨学金応募希望者に向けたトークイベントでは、アート部門選考委員の現代美術家の塩田千春さん、練馬区立美術館館長(当時)の秋元雄史さんをゲストにお招きし、アートシーンや作家としての生き方を聞くことができました。これらも財団にいたからこそ実現できた規模のイベントだと感じました。これらの経験を生かして、今後の個人での活動をがんばりたいと思います。

人としてこの大学院留学は自分を大きく成長させてくれたと感じます。以前は、人に頼ったり、弱さをシェアするのが苦手で、なんでも自分の手の追える範囲で計画しようとしてしまう部分がありました。今でもそう言った部分は残っていますが、留学では、どうしても人に頼らざる追えない状況が多々あるので、頼る練習が出来たと思います。時々自分の力を過信してしまうので、今後気をつけて試行錯誤していきたいです。課題としてはもっとやりたいこと、やりたくないこと、得意不得意を理解していくことがこれからもっと意識して、周りとも相談して、取り組んでいきたいことだと思いました。


後輩たちへのメッセージ

私自身も、まだまだ立派にやれているとは言い難いので、助言をすることが難しいですが、困難に立ち向かうという境遇を通して感じたことは、人と違う分野は大変では辛いことは多いけど、希望を持って取り組んでいたら、何かしらの形で実現する、ということは一つ事実だと感じました。ロールモデルがあまり見つからなかったり、取り組んでいることが成果を表すか不安かと思いますが、究極みんな違う人生を歩んでいるので、色んな人と話して、自分が感覚的に納得がいった意見や気になった意見を参考にしていけばいいと思います。自分で決めたことももちろん信じていいと思いますし、怖いかもしれないけど、きっと自分の想像を超えた面白い体験や価値観を覆す経験ができると思います。頑張って自信を持ってやりたいことに取り組んでみてください。