大学院が始まる数日前、ロンドンに降り立った日のことを思い出します。ロンドン上空を覆う厚い雲の中を飛行機はぐんぐんと降りてゆき、私はCold PlayというイギリスのバンドのViva la vida という曲を聞いてきました。初めての一人暮らしでした。
リクルート財団さんに支援していただいた4年間半の間、私は英国ロイヤルカレッジオブアート、そしてベルリン芸術大学という二つの大学院に通いました。クィア・フェミミニズムについて独学の機会しか与えらなかった日本の大学を出て、初めて大学院で私のメンターになったWhiskey Chowは、ドラッグキングのパフォーマンスを制作の一端として行なっているアート・アクティビストでした。同級生たちと毎日のように反戦(ロシア情勢を受けて)やエンバイオメンタル・アクティヴィズムのデモに行き、ドラッグ・ショーを見たり、恋愛の話をしたり、プロテストの一環として大学に一晩sit-inしたりする中で、私は自分自身のクィアな側面を少しずつ受け入れられるようになりました。そしてこれまでその権利のために国を超えて戦ってきた人々の歴史や記憶について、できる限り知りたいという思いが徐々に私の中で育っていきました。
ベルリンでは、ドイツ人のLissy, Julia 韓国生まれの友人Juyeoung、コロンビア生まれのMaria、そして私のロシア系ドイツ人のパートナー、Tanya と出会い、彼女たちと人生の良い時間も悪い時間も共にしました。夏はベルリン近郊の湖で裸で泳ぎ、冬は売れ残った巨大なクリスマスツリーを養子に取って灯りを飾りました。ドイツに身寄りがない私がパレスチナ反戦のデモで捕まった際、協力して助けてくれたのは彼女たちでした。

- ドイツ・トランスメディアーレでの研究発表
どのような状況にあっても、自分が自分自身でいるだけでそれを喜んでくれる共同体があると知った時、私は初めて’社会的に与えられた’コリオグラフィーや、家父長的なdrassageを手放すことができました。クィアであることから日本で受けた様々な誹謗中傷もどうでも良くなりました。私の制作は、よりそうした自身の経験と、’調律された感受性 calibrated sensitivity’ によって培われたものに変容していきました。

- Royal College of Art :graduation ceremony
アーティスティック・リサーチのパフォーマティブ・パラダイム (performative paradigm in artistic research)という文脈においては、芸術探究の成果たるものは作品に宿るのでも、鑑賞者による作品の体験に宿るのでもなく、生成変化に宿るものである、という議論がなされています。科学的探究においては、同じプロセスを辿れば誰でも同じ成果を得ることができる、この同一性がTruth Claim(真実性の訴求)の根幹にあるのに対し、芸術探究は、同じプロセスを経ても、作り手によって全く違う作品が生まれてしまう。知ること・行うこと・生きることが一つの輪となって連鎖的に作動し、作り手そのものを作り変えてしまうことにより、科学的探究における「振り返り(過程の考察)」が成立しない、という文章を最近拝読しました。
私にとって、このdifferential becoming を可能にするレンズこそ、こうしてクィアとして共同体と共に生きることによって培われた’Situatedness – 状況に置かれた知’や、’調律された感受性 – calibrated sensitivity’ であり、世界を覗き込むこのレンズは、私の作品が破壊されても、もしくはいつか私がアーティストであることをやめてしまっても、生涯私を支えてくれるものだと思っています。

- ベルリンの湖
最後となりますが、4年半、未熟な私を寛大に支えてくださった事務局の皆様、審査員の皆様、そして同じ奨学生の皆さんに、心から感謝を申し上げます。このようなご支援と、多大な時間(制作だけでななく、生きることについて検討する充分な時間)をいただかなれけば、今の私はありませんでした。



