江副記念リクルート財団には、2023年秋から3年間にわたり、ベルリン芸術大学での修士課程をご支援いただき、心より感謝しております。録音技術が持つ語りや虚構性について問いを抱き、音の表現について実践的な刺激を求めていた私は、同大学Sound Studies and Sonic Artsにて、聴覚をめぐる社会的そして文化的な議論や、音の表現の可能性について学ぶことができました。世界各地から集まった指導陣による授業に加え、サウンドアートの実践者や研究者を志すクラスメイトたちとの活発な交流は、自分自身の実践を展開していくうえで大きな示唆を与えました。
制作の授業では、与えられたテーマやキーワードをもとに、自分の関心とどのように交渉しながら実践へとつなげていくのかを繰り返し試行することができました。社会的な問いへの応答やサイトスペシフィックな展開など、多様な条件のもとで制作する経験を重ねたことで、自分の制作手法や発想の幅を広げることができたと感じています。そうした経験は、ベルリンのアートギャラリーやフェスティバルへの出展にもつながり、また学内のネットワークを通じて、台湾でのグループ展への参加機会にも恵まれました。
理論の面では、フェミニズムや脱植民地主義などの思想をサウンドスタディとの関係から議論した経験は、自身の制作に新たな方向性を与えました。さまざまな背景を持つ人々と異なる意見を交わすことで、自分がどのような場に帰属意識を覚えるのかを考えるきっかけになりました。制作と理論の学びを往還するなかで、自分の実践において「他者性」という共通するテーマを見つけ、個人的でありながら同時に相互的でもある関係の中から生まれる感覚を、どのように聴覚的に映し出せるのかを思考するようになりました。
修了制作《Flow from Above》では、その一つの応答として、同じ空間にいながら聴く位置によって異なる音を聴かせる特性を持つ超指向性スピーカーを用いたサウンドパフォーマンスを発表しました。録音された音に働く想像力と、音の振動としての物理性という、相反する二つの側面を作品の中で展開し、留学以前から関心を持っていた録音された音の虚構性と身体性について、新たな形で問い直すことができたと感じています。

さらに学外でも実験音楽のイベントや、ダンスやシアターとのコラボレーションなど、領域を横断して積極的に活動するクラスメイトの姿や、その自由に挑戦する姿勢にも刺激を受けました。これまで目にしたことのなかった先鋭性や多様性に満ちた彼らの実践や、ベルリンの街中で出会った新鮮な表現を通して、私が抱いていたサウンドアートへのある種の固定観念は解体されていきました。サウンドによる表現への視野が開いたことは、改めて自分自身の関心に向き合うきっかけとなり、結果としてパフォーマンスやラジオへと実践の場を広げることにもつながり、自身の創作における大きな転機となりました。
財団卒業後もベルリンで培った実践と修了制作のテーマを継続しながら、今後しばらくはヨーロッパに留まり、アーティスティックリサーチの領域でさらに学びを深めていく予定です。修士課程での経験を通して、音によって他者と経験を共有し、さらには交渉していくこと、そしてその可能性を実践のなかで探究することへの関心を強めました。今後もリサーチとプラクティスを往還しながら、録音技術とコミュニケーションの関係性をめぐる自分自身の問いを深め、制作と研究を続けていきたいと思います。
財団にはサウンドアートという新しい領域にも支援の門戸を開いていただき、心よりありがたく思っております。財団に支えていただいたからこそ、長期間にわたるベルリン生活では学業と制作に集中することができました。留学のための資金的な援助にとどまらず、アーティストとしてのキャリアに関わるさまざまなご支援をいただきました。特に2025年「回帰観測」と2026年「漂進」の2回の「リクルートスカラシップエキシビション」では、企画の立ち上げから開催まで関わらせていただきました。こうした経験は、作品を制作するだけでなく異なるアートの分野の財団生たちと協働しながら発表の場をつくり、活動を社会に開いていくための実践的な学びの機会となりました。

これから留学を志望される方々には、好奇心に素直に進んでほしいと思います。その場所で出会う人とのつながりや、自分の声に耳を澄ませながら、ぜひ自分の道を探ってください。
最後にこの場をお借りして、財団理事長をはじめとする役員の皆様、審査員の先生方、ならびにこの3年間真摯にサポートしてくださった事務局の皆様に、心からの感謝を申し上げます。


