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奨学生活動レポート

art

2021.10
大竹 紗央 Sao Ohtake
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――将来の夢、そしてその夢や現在の学びの場所を目指したきっかけは?

空間を使用した作品を通して、忙しい社会で生活する人々が、彼らの抱えている本当の感情と対峙できる場所を作り続ける、というのが私の現在の夢であり目標です。美術大学へ進学するにあたり、周囲と対立した時期がありました。その時、悔しさや悲しさなどの自分の感情が激しく動いていることに気がつき、「感情」とはどのように人に影響するのかということについて興味を持ちました。また、それらの感情をコンセプトに作品を制作しているうちに、感情と向き合い、抱えている不安やストレスを自己解析することで、それらは軽減されていくことに気が付きました。社会に目を向けると、多くの人が多忙により自分の感情と向き合えずに心身を疲弊させながら生活しています。そこで、身近で人の心に影響を与えやすい「空間」という存在を感情と向き合えるような「場所」に作り変え、そのような人々を癒して楽しませることができたら、人々が今よりもアートを生活の一部として取り入れてくれるのではないかと考えました。現在は、「観衆がその場に身を置いて、作品を通して感情と向き合える空間を作る」ことを作品のテーマに、実空間とWeb空間の両方でインスタレーションアートを制作し、発表を通して表現手段を模索しています。

街中でよく鳩を見かける。そのうち鳩と顔見知りになり、模様で個体を見分けることができるようになるかも…?

シカゴ美術館附属美術大学は、学際方式(interdisciplinary method)と呼ばれる、入学時に専攻を決める必要のない教育システムを導入しています。建築や彫刻など、専攻の壁を超えて自由に学べることは、自分の興味を直向きに探求することや、一つのテーマに対してさまざまな表現方法でアプローチすることを可能にするため、自分の学びに最適だと考え、進学を決めました。

――日常生活、生活環境について

私は現在、作品制作のクラスを週に4回、Liberal Artsのクラスを週に2回選択しています。シカゴ美術館附属美術大学は名前の通り美術を勉強する学校ですが、学部生はStudioと呼ばれる制作のクラスのほかに、ヒューマニティーや自然科学などの大学ではLiberal Artsに分類されている一般教養の科目も履修しなくてはなりません。一見美術とは関係なさそうですが、地道で体力のいる作品制作の合間の気分転換や、制作のためのアイデアの種を見つける場としてかなり役立っています。また、キャンパス周辺にはシカゴ美術館のみならず、世界最大の室内水族館であるシェッド水族館やフィールド自然史博物館、シカゴ現代美術館、シカゴ科学産業博物館などの散策するだけでも創作意欲を刺激してくれる施設が多く点在しています。教室の中で学ぶことに留まらず、勉強したことを実際に自分の目で確認して、さらに一般教養の授業で見つけたアイデアの種をすぐに持って行って発展させることができるため、このような施設が大学の近くにあることは制作活動をするうえで最高の環境なのではないでしょうか

シカゴ美術館附属美術大学の教職員と学生はシカゴ美術館の入場料や、イベントへの参加料が無料だ。シカゴ美術館を廊下のように歩き回れるなんて夢のよう…!

大学はシカゴの賑やかなダウンタウンの中に点在しているため、時折町の喧騒から離れて、静かな場所で自分の頭の中にあるアイデアについて熟考したくなることがあります。そのような時は、シカゴ美術館内にあるAndo Gallreyへ足を運び、ギャラリー内のベンチに座って考え事をしています。このギャラリーは建築家の安藤忠雄氏が手がけた空間で、他のギャラリーとは異なり、光や装飾が最小限に収められているため、私のような偏頭痛持ちが考え事をするのにはうってつけの空間です。また、谷崎潤一郎氏が『陰翳礼讃』の中で説明している、西洋のランプが輸入される前の日本家屋の中の光の様子が再現されているようで、アメリカという異国の中でも居心地の良さを見つけながら、観衆が自分の感情と向き合える空間を作ることを、日々自身の感情と向き合いながら考えています。

――夢の達成に向けて、日々取り組んでいることや気を付けていること

1つの手段に固執せず、状況や環境に応じて臨機応変に表現手段を変える、ということを目標の達成に向けて心がけています。私はもともと、五感を用いて作品との間につながりを見つけながら感情と向き合うインスタレーションアートを実際の場所を用いて制作していました。しかし、2020年3月に参加した、1年生選抜作品展示会ART BASH 2020がパンデミックの影響でオンライン開催になったことをきっかけに、作品を制作する場所の大部分を実空間からWeb空間へと融合しなくてはなりませんでした。このとき、「観衆がその場に身を置いて、作品を通して感情と向き合える空間を作る」ことをテーマにしている自分の作品を、どのような形でオンライン上で表現したら良いのか見当がつかず、随分と頭を悩ませました。

オンライン展示会に3次元グラフィックソフトウェアで制作した”No title: The Virtual Torii Gates (2020)”を出展した。この展示会で、3Dオブジェクトを並べただけでは観衆が感情と向き合える空間をWeb空間でも表現するという目標に及ばないことに気がつき、観衆が直接作品に触れることが出来ないWeb空間で、どのような表現方法ならば作品の一連のテーマを実現できるのかという課題に取り組んだ。

さまざまな学科が行うクラスで学びながら、時間をかけて表現方法を模索するうちに、アート&テクノロジー学科の授業中に習ったJavaScript建築学科で使用した3DモデリングソフトをWeb空間で活用して観衆を作品に参加させることで、作品の一連のテーマをWeb空間でも実現させるという課題の達成に近づきました。その後も、いろいろな表現方法に挑戦することを継続した結果、2020年の11月に藤本壮介建築研究所とJAPAN HOUSE Los Angelesが共同主催した#TinyArchitect Contestにおいて、「Architecture is Everywhere」という1つのコンテストテーマに対して複数の表現方法でアプローチすることを実践し、3位に入賞しました。このコンテストでは、藤本氏ご本人から作品評価のビデオレターをいただき、とても嬉しかったです。シカゴ美術館附属美術大学で、1つの学科に留まらずに様々な学科が開催する授業を選択しながらインスタレーションアートの表現方法を模索した学習効果が、徐々に発揮されつつあるように感じます。

“Hand Pavilion (2020)”

――これから更に挑戦したいことや、1年間の抱負

先日、進路について悩んでいたところ、大学1年生の頃から大変お世話になっている、建築科で教鞭をとるT. Joseph Surjan先生に、「60歳近い私と比べたらサオは若いんだから好きなことを勉強しなさい。奨学金でもなんでも集めて学ぶことを続けなさい。家へ帰ることはいつでもできるから、できるだけ遠くへ行って勉強しなさい!!」と喝をいただきました。Surjan先生に限らず、今までお世話になったシカゴ美術館附属美術大学の教授たちはどの人も、生徒の作品からも絶えず何かを吸収しようとする、学びをやめない探求心の強い人たちです。私も彼らに倣って、自分と作品が表現したいことを妥協せずに、人々が感情と向き合える空間づくりの制作に挑み続けたいと思います。コロナ禍の前は実空間を用いたインスタレーションアートを探求し、コロナ禍以降はWeb空間を用いた表現方法に挑戦しました。今後は、より多くの人の心身を癒すことを可能にするために、実空間と、国や時間に囚われずに全ての人がアクセス可能なWeb空間をつなげたインスタレーションアートの制作に取り組みたいと考えています。コロナ過の経験を通して、パンデミック前は明確に区別されていた実空間とWeb空間の境目が曖昧になったように感じました。五感を用いて作品との間につながりを見つけるインスタレーションアートと、パンデミック中に培った、リアルな触感を表現できる3次元グラフィックソフトウェアや、音や動きなどを感知することで仮想空間上でも第三者を作品に取り込めるJavascriptによる表現手段を模索していけば、実空間とWeb空間を結びつけるようなインスタレーションアートを制作できるかもしれません。

大竹 紗央 Sao Ohtake
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