2025/12/12

イギリスVISA事情とアート活動の現在地|石川真奎インタビュー

2025/12/12

海外芸術大学への留学は、卒業後どのような選択肢があるのでしょうか、またどのようにしてアーティストとして活動の場を広げていくのでしょうか。

イギリス留学後、現地でアート活動を続ける、江副記念リクルート財団卒業生の石川真奎さんは、イギリスで芸術活動するためのビザ(Global Talent ビザ)を2025年に取得してアーティストとしてキャリアを築いています。
今回、石川さんの留学後のリアルな活動状況や、複雑なビザ申請のプロセス、イギリスで制作を続ける背景について、同じく財団卒業生でイギリスで活動中の上野里紗がインタビューしました。
* 本記事で紹介しているビザなどの情報は、2025年10月末時点の内容に基づいています。最新の制度や状況については、各国政府の公式サイトなどでご確認ください。

上野: 現地の情勢によって日々変わるビザ事情は、常にアンテナを張っておかなければならないですよね。この度はGlobal Talentビザの取得、本当におめでとうございます。複雑なプロセスで、時間も労力もかかったのではないでしょうか。

石川: ありがとうございます。準備する書類は多岐にわたりました。日本に拠点を置きながらGlobal Talentビザを申請される方にとっては、特に大変な作業になるかと思います。一方で、イギリスで大学留学等により3〜4年以上滞在経験のある方であれば、容易ではありませんが、規定を満たすことは不可能ではないと考えています。

ビザの情勢が頻繁に変わる背景を踏まえ、まずはこれまでの私のビザ取得歴(学生ビザ以降のYMS Youth Mobility Scheme Visa など、他のビザの可能性を含め)についてお話しし、その後、Global Talentビザの推薦状や資料をどのように準備したのか、そして今後の活動についてお話しする流れで進めたいと思います。


制作活動について

石川:私は2019年から2021年までグラスゴー美術学校のMaster of Fine Artプログラムに参加、現在までスコットランドのグラスゴーを拠点に活動しています。最近の主な活動としては、武蔵野美術大学での特別講師、作品制作に加え、グラスゴーを拠点とするインデペンデントアートスペース「Studio 001」を設立し、毎週ワークショップやレッスンを企画・実行しています。

主な活動実績には、「Art Fair Tokyo (2025)」への参加、個展「CANVASSING (2024)」とレジデンシー「Creative Lab Residencies (2023)」への参加があります。また、中国・北京のSIMULACRAギャラリーで定期的に展示を行っています。絵画、ドローイング、インスタレーションを通し、都市空間における身体や建物の関係性、そこから生じる感覚をリサーチしながら作品を制作しています。

2024年の個展「CANVASSING」では、Wyndford estateをテーマにリサーチを行い、絵画やドローイングを制作しました。

グラスゴーの北西の方にある、Wyndford estateという団地(Social housing:公営住宅)の取り壊し・建替え計画に対して、Wyndford estateの住民組合による建替反対のための活動に私も参加しました。”Canvassing”という団地の部屋をひとつずつノックし、住民と話して取り壊し計画に関する住民投票で、反対の意思を提出してくれないかというふうに住民に懇願する活動に参加した経験を基に絵に描きました(資料1、2)

資料1
資料2

石川:また、CCA Glasgow(グラスゴー現代美術センター)でのレジデンス時も、Wyndford estateなどのグラスゴーにある団地をリサーチしてイメージを制作したり、リサーチを行いました。この時は団地のアーカイブにオンラインで触れることができ、グラスゴー大学が以前に行ったその団地に住んでいた人に対するアンケートを読んで文献レビューしながら、他の団地に住んでた、又は住んでる人にインタビューをしたりしながら イメージを作りました。(資料3、4)

資料3
資料4

石川:修士卒業直後の2022年には、SIMULACRAギャラリーで個展を開催しました。(資料5)

グラスゴーのウィンターガーデンという温室をもとに作品を作りました。この温室は面白くて、建物が老朽化してしまって閉館になってたんです。 ただ、閉館から年月が経っていますが、今でも旅行雑誌にグラスゴーに来たらここに行くべきと書いてあって、その「閉館」って言葉も載ってないんですよ。 旅行雑誌には開館している程で紹介していて、行ってみたら閉館してるみたいな、時が止まっているような感じがあって面白かったので、そこの写真とか旅行雑誌の記事を見ながら、自分で3Dモデルを作って、3Dモデルの中にウィンターガーデンの温室を再現して、そこから絵を作りました。

資料5

石川:こちらは、私が毎週担当している「Studio 001」でのワークショップの様子です(資料6)。 個人的にとても面白く、やりがいを感じているのは、私自身が日本の教育しか経験してこなかったこともあり、イギリスのローカルの子どもたちに絵や写真を教える中で、こちらの学校における美術教育のあり方や学校生活について、直接話を聞ける点です。

また、この活動を通して、今でも東アジア系の子どもたちがマイノリティとして生きている現状を実感する機会が多々あります。ワークショップにはさまざまな学校から子どもたちが集まっており、「うちの学校ではこんなことがあった」「私の学校ではこうだった」と、日々の体験を共有し合っています。

その中でよく挙がる共通の話題のひとつが、差別に関することです。深刻なものというよりは、日常の中に潜む違和感が語られることが多いのですが、彼らにとっては繰り返し向き合わなければならない重要なテーマなのだと感じます。多くはイギリスで生まれ育った第二世代、第三世代の子どもたちにもかかわらず、こうした経験があるということに驚かされました。

私自身は海外で暮らす「外国人」という立場にありますが、現地で生まれ育った子どもたちが抱えるリアリティを知る機会は多くありません。そのため、こうした対話を通じて、マイノリティとして、そしてマイノリティに教えるとはどういうことなのかを、改めて考えさせられています。

資料6

変わりゆくイギリスの移民政策とビザ事情

石川:イギリスの現在の移民について少し触れておきたいと思います。 ロンドンほどではないにせよ、グラスゴーも多くの移民が暮らす地方都市であり、私自身もその一人です。私の周りもほとんどが移民です。ブレグジットやコロナ禍を経てイギリスの移民数は増加し、2025年現在、政府は「移民の受け入れ管理・抑制」に焦点を当てた政策を強化しています。

イギリスの移民制度は非常に流動的で、頻繁に変更されるのが特徴です。今年(2025年)5月に発表された移民白書(Immigration White Paper)では、制度をより厳格にする方向性が示されました。

特に注目されているのが、ILR(Indefinite Leave to Remain/永住許可)に関する見直しですが、これを含め、以下のような変更が予定または検討されています。

  • ILR(Indefinite Leave to Remain / 永住許可)の取得要件の厳格化: これまでの「5年ルート」「10年ルート」に代わり、全ての滞在ルートに対して10年間の滞在を必要とする案をが検討されている。
  • Graduate Visaの短縮: 滞在可能期間が、2027年1月から24ヶ月 → 18ヶ月に短縮予定
  • 介護職の特例廃止:(これまでは人材不足のため特別なビザが許可されていた)
  • 就労ビザ対象職種の縮小(中技能レベルの職種は対象外になる可能性)
  • 大学の国際学生受け入れに対する規制強化・課税検討:(学費収入への課税や、スポンサーライセンスの条件厳格化など)

イギリスには世界中から多くの留学生が集まっています。私が在籍していた修士課程(MFA)のクラスでも、60〜70%ほどが海外からの留学生でした。 留学して最初に感じたのは、学費の格差でした。留学生は、イギリス国内の学生に比べてかなり高額な授業料を支払っています。こうした経済的な負担は、多くの留学生にとって大きなハードルになっています。 さらに近年、イギリス政府の移民政策の厳格化が進んでおり、留学生もその影響を受けつつあります。たとえば、大学を卒業した後にイギリスに一定期間滞在できるGraduateビザは、これまで2年間の滞在が認められていましたが、2025年以降、18ヶ月に短縮される予定です。 そのほか、英語力に関する要件の強化も検討されています。特に、就労ビザのパートナー(扶養ビザ)にも一定レベルの英語力が求められる方向で議論が進んでいます。 もちろん、これらの政策変更は、違法移民や難民問題といった別の課題に対応するための動きでもあります。しかし、現状では正規に滞在している留学生や若手研究者、アーティストたちにもその影響が及んでいるのが実情です。

最近の移民白書(Immigration White Paper)では、Global TalentビザやHigh Potential Individual(HPI)ビザをさらに利用しやすくする方針が打ち出されました。これらのビザは、アーティストやミュージシャン、俳優、専門職やエンジニアなど、特定の分野で高い専門性を持つ人々が、イギリスで生活しやすくすることを目的とした制度です。 

Global Talentビザは一般的に5年間の滞在が認められるビザで、その後に永住許可(Indefinite Leave to Remain / ILR)の申請が可能になります。 一方で、HPIビザは、世界のトップ大学を卒業した人を対象に、イギリスで2年間の滞在を許可する制度です。日本では、現在のところ東京大学や京都大学が対象となっています。 近年では、この2つのビザをより活用しやすくする方向で議論が進む一方で、永住許可(ILR)が厳しくなる議論がされています。

 永住許可を取得すると、イギリスの社会福祉制度を利用できるようになります。たとえば、「ユニバーサル・クレジット(Universal Credit)」と呼ばれる生活保護のような制度を受けられたり、住宅費や税金の軽減措置を受けることも可能になります。 一方で、永住権を持たない他のビザ保持者は、基本的にこうした公的な補助金や福祉制度を利用することはできません。 この点が、イギリス国内での反移民感情(anti-immigration sentiment)の一因にもなっています。「移民が自分たちの税金で生活しているのはおかしい」という国民感情があり、経済的に困難な移民を歓迎しない空気が一部で強まっています 。 たとえば、永住申請にボランティア活動などの社会的貢献を義務づける案や、永住資格を得るまでの期間を5年から10年に延長する案などが検討されています。 つまり、高度な技術や専門性を持つ人を優遇する一方で、それ以外の移民にはより厳しい制度を適用するという流れが強まっているのです。

こうした背景から、政治的には永住権の取得をより難しくする方向に政策が動いており、高度な専門性を持つ人を優遇する一方で、それ以外の移民にはより厳しい制度を適用するという流れが強まっています。

上野 :厳格化されて難しくなった部分と、それがあってシステム化されて、申請しやすくなった部分、両方ありますね。Global Talent ビザの要件も、現在のものと比べると前のものは緩めでしたよね?

石川 :2021年頃にもGlobal Talentビザの要件を軽く調べましたが、情報がかなり曖昧で、ふわっとした印象でした。 ところが、昨年あたりに再びArts Council England(イングランドの芸術・文化支援を行う政府系機関)のウェブサイトを見てみたところ、審査の基準や提出書類の要件が以前よりも明確に整備されていたんです。

上野 :どちらがいいんだろうって思います。Global Talent ビザができたことはアーティストとして嬉しいけど、そういう要件や審査判断が厳しいところとか、時間とお金を要するところとか、難しいところですよね?

石川 :Global Talentビザの申請においては、要件や審査基準が厳しいと言われていますが、実際にはその「どこが・どの程度厳しいのか」が申請者側からは見えにくく、審査の仕組みがブラックボックスになっていると感じました。審査は非常に官僚的だと言われており、例えばこのギャラリーは国際的に有名だから有利だとかこの賞は小規模だから不利だといった単純な評価はされないようです。むしろ、比較的小さな賞を受賞した実績を国際的なアワードとして提出しても、それが審査の要件を形式的に満たしていれば通過する可能性がある、そういう声をよく耳にします。

上野 :そうなんですね。でも、どういう方向で行こうか、つかみどころがなく難しくないですか?

石川 :今後、Global Talentビザの申請を考えている方にとって重要なのは、受賞歴、メディアでの認知、実績(展示など)という3つの評価軸をバランスよく整えていくことだと思います。この3点さえ意識して積み重ねていけば、要件を満たすこと自体は、実はそれほど難しくないとも感じました。
展示を開催し、それについて批評やレビューを書いてもらう。作品をコンペティションやレジデンスに提出し、ショートリストされる、あるいは実際に選ばれる。そうした活動を着実に続けることで、提出できる証拠が揃っていきます。
一番大変なのは、その実績を積み上げるまでの道のりでしょう。日々の活動のなかでチャンスを見つけ、応募し、結果を待ち、積み重ねていく継続の先に、ようやく申請が見えてくると思います。



 Global Talentビザに至るまでのビザ取得遍歴

石川 :これまでのビザ取得遍歴についてお話しします。

  1. 学生ビザ(2019年〜2021年):渡英当初のビザです。申請費用とIHS(移民医療付加料)が高額で、フルタイム就労や公共資金の利用は禁止されていました。
  2. Graduateビザ(2021年〜):卒業した2021年に始まった制度で、自由度の高いビザでした。申請費用やIHS費用は高額ですが、就労はフリーランス、自営業でも可能。ただし、永住権申請にはカウントされず、延長も不可で、別のビザへ切り替える必要があります。滞在可能期間は学士・修士は2年間、博士は3年間です。政権や政治が変わるごとにビザ制度は変わるため、私は幸運にもこの自由なGraduateビザを申請することができました。
  3. YMSビザ:18歳〜30歳が対象で、資金証明(50万円以上)と2年分のIHS(約30万円)が必要です。申請費用が比較的安く、就労も自由なので、とてもありがたい制度でした。
  4. Creative Workerビザ(Temporary Work):YMSビザの後、Global Talentビザの申請準備期間として取得しました。一時的な就労を目的としたビザで、ギャラリーや劇場などがスポンサーライセンスを持ち、国外からアーティストを招聘する際に発行できます。私の場合はCCA Glasgowにスポンサーをお願いしました。
  5. Global Talentビザ:最終的に取得したビザです。

Creative Workerビザの「沼」
Creative Workerビザは、学生ビザやYMS、Global Talentビザ以外でクリエイティブな人が使える数少ないビザですが、いくつかの大きな制限があります。

  • 就労制限: 就労はスポンサー先のクリエイティブ業務に限定され、滞在期間は最大12ヶ月(12ヶ月延長可能)。
  • 副業制限: 同業種に限り週20時間まで。他業種での仕事は認められていません。
  • 生活の難しさ: スポンサー機関での業務が無給の場合もあり、アーティストとしての収入だけで生活しなければならない前提のビザのため、よほど実績のある人でなければ現実的に厳しい選択肢です。このビザでの滞在中は、生活費の確保に大変苦労しました。

上野: 就業時間が週20時間という制限は学生ビザと変わりませんね。周りでもCreative Workerビザを取得している方はあまり知らなかったので、話を聞けてよかったです。

石川: 助成金があって渡英するケースなど、プロジェクトでの短期滞在(半年〜1年程度)で現地団体に受け入れられ、ファンディングもきっちり取れている人には、申請が容易なため非常に良いビザです。しかし、現地で本格的にアーティストとしてキャリアを築きたい人や、より自由に活動したい人にとっては現実的に厳しい選択肢であり、長期滞在を目的とするならあまりお勧めできません。


Global Talentビザの申請

石川: Global Talentビザの申請は、ステージ1(Arts Council Englandによる承認審査)ステージ2(政府によるビザ申請審査)の2段階です。

ステージ1:承認(Endorsement)の獲得
最もハードルが高いステージ1では、Arts Council Englandに対して、アーティストとしての実績や将来性についての審査を受けます。

  • 提出書類: 推薦状3通、それぞれの推薦者のCV、自身のCV、そして10点の実績資料(展覧会歴、受賞歴、出版物、メディア掲載など)。
  • 審査期間: 通常8週間とされていますが、近年の申請者増加により、私の場合は結果が出るまで3ヶ月ほどかかりました。

【推薦状】

  • 要件: 3通の推薦状のうち、イギリスの芸術文化団体からの推薦状が1通以上含まれていることが必須です。残りの2通は日本の団体などでも問題ありません。最低でも2通は芸術文化分野に関係のある機関・団体である必要があります。個人からの推薦状も組み合わせることは可能です。
  • 内容: 推薦状に書かれる内容(申請者との関係性、業績、将来性、英国への貢献など)について、Arts Council Englandのガイドラインに詳細な要件が定められています。
  • 実務: 推薦者に負担をかけないよう、申請者自身がガイドラインに沿った下書き(テンプレート)を準備し、内容を確認してもらい署名をもらうという形が実務的

 たとえば、私の場合、江副記念リクルート財団さんに書いていただいた推薦状はA4で3ページぎりぎりの長さでした。というのも、盛り込むべき項目が多く、自然と長くなるんです。 実際の内容を簡単に紹介すると、 

財団の紹介:まず冒頭で、その団体がどんな組織かを説明する段落があります。 
推薦状の目的:この推薦状がGlobal Talentビザのためだけに書かれていることを明示します。 
団体の活動や歴史:団体の設立背景や目的、クリエイティブとの関わりを簡潔に紹介します。 
申請者との関係:推薦者がどのような経緯で申請者を知り、どんな形で関わってきたかを具体的に書きます。 
申請者の作品や活動の評価:推薦者が知っている範囲で、申請者の作品の特徴や意義に触れます。申請者の作品や活動の評価:推薦者が知っている範囲で、申請者の作品の特徴や意義に触れます。
申請者の将来性と英国での貢献:イギリスに滞在することでどんな価値を生み出すか、今後どんなプロジェクトを構想しているかなどについて触れ、ビザの発給を求める内容で締めくくられる形です。

上野: 推薦状の内容までガイドラインで細かく決められているのですね。推薦者のCVや団体の略歴も必要となるため、依頼する側も大変ですね。

石川: 推薦状には、「申請者とどういう関係性があるか」「申請者がどのような業績を挙げたか」「今後どのような可能性があるか」といった要素を、時系列に沿って盛り込むよう求められます。私が財団に書いていただいた推薦状はA4で3ページぎりぎりの長さでした。

【資料準備】

  • 弁護士/エージェンシー: 私は利用しませんでした。代わりに、知人から通った人の提出資料のフォーマットを参考にしました。グレーな部分の判断は専門家に聞く方が良い場合もありますが、文書の整合性や構成のチェックにはChatGPTのサポートも非常に役立ちました。
  • 実績資料10点: 私の場合、メディア露出(批評記事など)がなかったため、「賞」と「展示」の2カテゴリーだけで10点を揃えました。
    • Award(受賞歴)」の解釈: いわゆる賞だけでなく、200人以上の応募があったレジデンスへの採択や、助成金(ポーラ美術振興財団のFellowshipとして強調)も受賞歴として扱いました。これは、ガイドラインに自分の経歴をどう戦略的に当てはめるかという作業です。
    • 「Proof of Appearence(展示実績の証明)」: 学外のグループ展などを実績として使用できます。ポスター、展示風景、ウェブサイトのスクリーンショットなど、展示が実際に行われた証拠を資料として提出することが重要です。
  • 翻訳の必要性: 採択通知のレターなどが日本語のみの場合、認定翻訳会社による正式な英訳と、翻訳証明書の添付が必要です。これには費用(約2万円程度)がかかります。

上野: 何を「賞」として資料に使うのかを見極めることが重要ですね。

石川: その通りです。提出に使える受賞歴を持っている人は問題ありませんが、なかなか賞に縁がない人は、ビザに関して言えば見極めないと難しいです。

申請の期間と費用

  • 申請期間: ステージ1、ステージ2ともに通常8週間ほどかかります。資料の準備や推薦状依頼の期間を含めると、申請から取得までに少なくとも半年はかかると見ておいた方がいいでしょう。ビザの期限が近い方は、半年以上前から準備を始める必要があります。
  • 費用: ビザ申請料とIHSを合わせると、5年間で100万円以上かかる計算になります。

石川:
こちらが実際に提出した実績資料10点(資料7)なのですが、私の場合はメディア露出(批評記事など)がほとんどなかったため、「賞」と「展示」の2カテゴリーで揃えました。インタビュー記事のような掲載は、批評家が作品について論じているものでない限りメディア認知として扱われないとされています。

また、受賞歴については少し工夫しました。いわゆるアワード受賞ではなく、応募200人超のレジデンス採択を「受賞歴」として扱っています。公募から選抜された事実が評価対象になるため、一種の受賞と解釈して良いのではないかという判断です。このように、自分の経歴をガイドラインにどう位置づけるかを考えることも、戦略のひとつだと思います。

資料7

上野:そうですよね。それは受賞と捉えられる言い方ですよね。

石川:そうなんです。「採択」と表現されることが多いですが、実質的にAwardとして扱えると考えています。私の場合、ポーラ美術振興財団さんから助成を受けたこともあり、それも採択ですので受賞歴にカウントしました。
海外の賞歴がなかった分、レジデンスへの採択やグループ展から個展まで幅広く資料にまとめました。どこまでがOKなのか最初は判断がつかなかったので、まずは該当するものをすべて揃える形でした。

ただ、後から確認すると、アートフェアやマーケットへの出展は対象外と明記されていました。ガイドラインは年々アップデートされているため、常に最新版を確認する必要があると感じました。

上野:少しずつ条件が変わってきていますよね。

石川:そうなんです。私が申請した当時は、その制限の明記は見当たりませんでした。かなり注意して読み込んでいたので、見落としたとは思えないのですが…。

受賞歴として認められる条件には国籍の制限はなく、海外の賞でも問題ありません。一方で、学生限定の賞や大学内で完結する賞は対象外になります。

そこで重要になったのが、奨学金やフェローシップ(Fellowship)をどう扱うかという点です。 江副記念リクルート財団の奨学金のように、*イギリス大学の学費を全額カバーできる規模の支援であれば、実質的に国際的評価として扱える可能性があり、戦略上は提出対象になり得ます。

ポーラ美術振興財団の助成については、英語サイトに 「grants や bursaries は対象外」「Fellowshipは認められる場合あり」 と記されていたため、提出資料では International Award: Fellowship for Overseas Study by Young Artists と明記し、フェローシップであることを強調しました。こうした言葉の選び方は、まさにガイドラインへ自分の経歴を戦略的に当てはめていく作業でした。

ただし、採択通知が日本語のみだったため、認定翻訳会社による翻訳と翻訳証明書の添付が必要でした。たった一枚でも100ポンド(約2万円)ほどかかり、これも申請に伴うハードルのひとつです。

*イギリスの大学学費は年々上昇しており、大学により金額が異なります。

上野:翻訳にはプロの依頼が必要とはいえ、ビザの費用と合わせると大きな負担になりますよね。

石川:本当にそうです。必要な経費とはいえ、時間とお金の負担は決して小さくありません。
レジデンスへの採択通知でも、動詞が「award」と記載されていることが多いので、ショートリスト等も含めて選抜された事実自体が評価されると感じました。

上野:何を「賞」としてカウントするか、本当に見極めが難しいですね。

石川:受賞歴が多い方はあまり悩まないポイントですが、そうでない場合は特に工夫が必要になりますね。

上野:石川さんの資料まとめに「怖気づかない」と何度も書かれていました。マインド面で意識していたことはありますか?

石川:横のつながりが何より大切だと思います。 イギリスの美大出身者であれば、同級生や先輩にGlobal Talentビザ取得者がいるはずです。

身近な人が取得しているのを見ると、 「自分にも可能性がある」 と実感できます。
「Tateで展示したから通過した」というような特別な例は少なく、小さな展示を継続している方が多い印象です。
実際に取得者から資料を見せてもらったり、プロセスを聞いたりすることで、申請のハードルがぐっと下がりました。

上野:アートは本当に多様で、作品のスタイルもさまざまですもんね。

石川:そうなんです。「Global Talent」という少し恥ずかしい名称ですが、周りの取得事例を知ることで身近な選択肢になります。
私はYMSビザで滞在していたので同級生より申請タイミングが遅かったのですが、その分、資料を見せてもらう機会が多く、具体的なイメージを持つことができました。

怖気づかないためには、取得者や申請中の人と話すこと。 それが最大の近道だと思います。
こちらがProof of Appearance(展示実績の証明)の資料例(資料8)です。

資料8

 展示や出版を証明するための資料で、

  • 学内展や卒展はNG
  • 学外で自主的に行った展示はOK

ポスター、展示風景、ウェブサイトのスクリーンショットなど、 展示が実際に行われた証拠をセットにして提出します。

資料9

今年春に参加したbiscuit galleryさんでのグループ展(資料9)も提出しました。
英語サイトがあったことで追加の翻訳を省けたのは助かりました。

上野:これはアーティストポートフォリオとは全く性質が違う資料ですね。

石川:はい。あくまで「実施した事実を証明する書類」です。

Arts Council Englandのサイトには、 「最低限これだけ揃えばOK」 というサンプルが掲載されていて、とても親切です。私は10点の資料を提出しましたが、

  • Award(受賞歴)1点以上
  • Proof of Appearance 2点以上

この型で通過できる例が多いようです。 すべてが完璧である必要はなく、仮に半分NGでも残りが条件を満たせば問題ありません。

こちらにGlobal Talentビザ準備の流れをまとめています(資料10)。

資料10

石川:ステージ1は、通常8週間かかります。 ステージ2も審査に約8週間かかります。 ファストトラックサービス(優先審査)を利用すれば期間を短縮することもできますが、その分費用も高額になります。結果として、資料の準備や推薦状依頼の期間も含めると、申請から取得までに少なくとも半年はかかると見ておいた方がいいと思います。特に、現在のビザが近く切れる予定の方は、少なくとも半年以上前から準備を始めておかないと間に合わない可能性があります。 また、費用も大きな負担です。ビザ申請料とIHSを合わせると、5年間で100万円以上かかる計算になります。

  • ステージ1:約8週間
  • ステージ2:約8週間
    (ファストトラックを利用すれば短縮可能/費用高額)


今後の活動について

石川: 今後の活動として、11月にグラスゴーでのグループ展、12月に中国でのグループ展、そして2月にはイギリスでのグループ展の話が出ています。また、来年3月から8月までロンドンのFlorence Trustというレジデンス団体で滞在制作を予定しており、展示も控えています。

そのため、来年1〜2月を目処にロンドンへ拠点を移し、ロンドンをベースに今後の活動を展開していこうと考えています。また、Studio 001のロンドンでの活動も視野に入れ、アーティストエデュケーターとしての経験も積んでいきたいです。

上野: グラスゴーは一旦撤収されるのですね。ロンドンでの新しい生活や制作活動を通して、グラスゴーとの違いなど、感じることがたくさんありそうで楽しみですね。ロンドンに住まれた経験はありますか?

石川: 住んだことはなく、ずっとグラスゴーに住んでいました。ロンドンは都市なので東京と似たところがあり,忙しく、情報や機会も多いため、自分で選別して生活していく必要がある、という点は参考にさせていただきます。

グラスゴーは大きくない都市ですが、アーティストが多く、良いコミュニティがあります。みんなの距離感が近く、様々な人を知るのに時間がかからない反面、制作や勉学に集中できることも魅力です。ロンドンと違って、気を散らすような楽しいことが多くない、という点も。

上野: 石川さんの作品には、グラスゴーでの生活やリサーチがしっかり反映されていて面白いなと思いました。

石川: 東京とグラスゴーを比べると、自分の中で違いが明確にあったのが面白かったです。グラスゴーは大きな都市ではないため、首都ではない都市の方に行ったことで、様々な新しいことを多く経験できたと思っています。

上野: 本日は、イギリスでの留学後の活動や、複雑なビザ申請について、詳しくお話しいただき本当にありがとうございました。私もGlobal Talentビザについて、自分の活動の傾向を踏まえ、機会があれば申請を検討したいと思います。

プロフィール

石川 真奎/Masaki Ishikawa(48回生)
石川真奎はイギリス・グラスゴーを拠点に活動する現代美術作家である。絵画およびドローイングを主なメディアとし、都市空間、コミュニティ、移民に関するリサーチを基盤とした制作を行っている。彼の実践は、他者を表象することの倫理を探究するものであり、共同制作、フィールドワーク、展示の実践を通じて、共有された経験や社会的アイデンティティに焦点を当てている。2021年にグラスゴー美術学校 Master of Fine Artを修了。2019年に武蔵野美術大学造形学部油絵専攻油絵学科を卒業している。

近年の主な展覧会に、The Florence Trust(ロンドン、開催予定)、”Being of Asia”(AndingArt、上海、2025年)、”Art Fair Tokyo”(東京国際フォーラム、2025年)、”Long Yan & Masaki Ishikawa”(Simulacra、北京、2024年)、”Canvassing”(Glasgow Project Room、グラスゴー、2024年)、”Narrow Gauge”(34 Annette Street、グラスゴー、2024年)などがある。



上野 里紗/Risa Ueno (51回生)
編み作家。ロンドン芸術大学 セントラル・セント・マーチンズで学士テキスタイルデザイン、修士 Art & Scienceを修了。日常-衣食住を素材 に、手引きとしての数学・科学とテキスタイル=考えを翻訳する道具を用いて作品を制作する。主な活動に LVMH Maison 0 / This Earth Awardショートリスト(2023)、Colechiにて「AGREENCULTURE: Fashion and Farming 」出版(2023)、EFOOD24学会発表(Elisava, Barcelona, 2024)、LOADING…: Exhibition and Symposium(University of Oxford, 2025)。

(文章:上野里紗)


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