2025/07/16

大竹紗央 卒業レポート

2025/07/16

大竹紗央

大竹 紗央 Sao Ohtake

感情と向き合い、抱えている不安やストレスを自己解析することで、それらは軽減されていく。社会に目を向けると、多くの人が多忙により自分の感情と向き合えずに心身を疲弊させながら生活している。そこで、身近で人の心に影響を与えやす…

2020年4月から2025年5月までの5年間、財団から継続的なご支援をいただけたことに、心より感謝申し上げます。学部時代の拠点であったシカゴからニューヨークへ移り、大学院に進学し、生活を続けることができたのは、ひとえに財団の存在があったからこそだと実感しております。ご支援は経済的なものにとどまらず、私が学び、制作するという営みそのものを価値あるものとして認めていただいているという実感があり、それが大きな心の支えとなっていました。

大学院1年目の終盤には、私生活でいくつか困難な出来事が重なり、それらにどう向き合い、乗り越えていくかに多くの時間とエネルギーを注ぐことになりました。すべてが思うように進まない中で、自分ひとりの力では限界があることを痛感し、初めて他者の助けを得ながら前に進むという経験をしました。それまで「助けを求める」ことに無意識のうちに抵抗をもっていた自分にとって、大きな転機となる出来事でした。アメリカで暮らすということは、家族や長年の友人と離れた環境で日々を送ることを意味し、それは決して容易なことではありません。孤独や不安に直面する場面も多くありましたが、そうした状況の中で出会った大学院の友人たちは、私にとって新たな「居場所」を形づくるための大きな存在となりました。

創作活動においても、大学院での時間は大きな転換点でした。それまで自己完結的だった制作スタイルに、「ひとりでつくるのではなく、誰かとともにつくる」という姿勢が加わったことで、表現の幅が大きく広がったと感じています。誰かと一緒に作ることで得られる新たな視点や技術は、自分の限界を超える力を持っており、信頼できる仲間や協働者と出会えたことは、大学院生活のなかで得た最も大きな財産の一つです。

たとえば、イスラエル出身の友人が、自らはアメリカという安全な環境にいながら、家族が戦火の中にあるという現実について語ってくれたことがありました。また、イランに多くの家族や友人をもつ別の友人が、イスラエルとの交戦の影響により、自由な通信や移動が難しくなっているテヘランの家族のために、日々情報を集め、できることを模索している姿を、日常のなかで目にする機会もありました。そうした話に耳を傾け、ときに言葉なくとも沈黙の中で思いを分かち合う時間を持てたことは、異なる背景を持つ人々が交差する場所に生きることの重みと可能性を、深く実感する機会となりました。

私が育った日本という国と、かつて戦争を通じて対立していた国で7年間生活してきたという事実を改めて振り返ると、何とも言葉にしがたい感覚が胸に湧き上がってきます。そして、その土地で出会った友人たちが、かつて日本が植民地化していた地域の出身であることに気づいたとき、これまで私が受け取ってきた歴史観がいかに一方向的であったかを思い知らされました。彼らと語り合う中で、それぞれの立場や記憶に基づいた歴史の捉え方が存在することを知り、自分の視野が大きく揺さぶられる体験となりました。こうした出会いは、自分の背景を他者の視点から見つめ直す契機となり、それまで無意識に抱いていた前提や価値観を問い直すことにもつながっています。

異なる文化的背景や価値観を持つ人々が、それぞれの歴史や葛藤を抱えながらも同じ空間で共に暮らしているという事実。そしてその中で交わされる視線や沈黙、ささやかなふるまいが、ときに言葉以上に相手の存在を深く感じさせてくれるということに、あらためて気づかされました。こうした経験は、「自分自身と暮らす場所、そしてそこに生きる人々との関係性」を探るという、自身の作品の核にある主題にも強く影響を与えています。

多様な人種や文化が交差するアメリカでの生活を通じて、異なる価値観を持つ人々が言葉を交わさずとも、ハグのような触覚的な相互作用によって理解し合う瞬間に、私は強く惹かれるようになりました。また、政治的・社会的な緊張が日常生活にどのように微細な形で影を落としながらも、人々が対話と共感を通じてつながろうとする営みへの関心も、次第に深まっていきました。そうした思いは、柔らかい素材や音を用いた彫刻やインスタレーションとして、身体と空間を媒介とする作品に昇華されていきました。作品を通して、「誰かと共に在る」ことの意味や、沈黙のなかで交わされる感情の往復に触れるような体験を届けたいと願っています。それは、他者との隔たりが強調されやすい今の時代においても、人と人とが交差し、つながり合うことの可能性を信じ続けたいという、ささやかな表現の試みでもあります。

Soft Tensions, New York, 2025

2025年8月からは、先日卒業したニューヨーク大学のInteractive Telecommunications Programにて、1年間のフェローシップ・ポジションに就く予定です。これからも学びと実践を重ねながら、他者との関わりのなかで表現を深めていきたいと考えております。そして今後も、社会とつながる芸術のあり方を模索し続けていく所存です。