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卒業レポート

academic

2021.04
角南槙一
第47回生 - オックスフォード大学
卒業後の進路:オックスフォード大学 postdoctoral researcher

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最終的な研究テーマとその意義

博士課程の初期から研究テーマを拡張し、全体の研究テーマは「量子気体による非平衡量子ダイナミクスの実験的検証」となりました。平衡状態にあるマクロな系を扱う熱力学・統計力学はこれまで蒸気機関そしてエンジンを生み出し、それ以降の現代的な産業にも欠かせない理論です。量子マテリアルや量子通信、量子コンピュータ等の量子技術が急速に発展している今、複雑な量子系の“非平衡統計力学”は新しい技術の萌芽となりうる可能性を秘めています。特に量子系では熱力学で扱っていた系では考えられなかった、“熱化”が起こらないという特殊な例があり、その仕組みを詳しく知ることで新たな理論の枠組みが生まれ、そこから多種多様な応用例が見つかるのではないかと考えられています。現在私の研究では次元量子気体という量子系を用い、物質波干渉を用いた世界で初めての2次元量子気体の非平衡ダイナミクスの観測を行っています。

当初の目標と進捗、成果、財団の支援があったからできたこと

奨学期間の学びを通じて、応募時に描いた目標の「研究者として自立すること」を達成するだけでなく、研究テーマを拡大しその中で短期間ながら予想以上の成果を上げることができました。成果を認められて所属研究室のPostdoctoral researcherとしてのポジションをオファーされたため、今後はポスドクとして研究室のサブチームを率いて研究を進める傍ら修士学生の指導や学部のティーチング等も行い研究者としてのキャリアを歩み始めます。

博士課程を通じて、財団の支援なくしてはこれほど研究に打ち込み成果を出すことはできませんでした。また、奨学生どうしのネットワーク(オックスフォードにはなんと5人も奨学生がいました)を築けたことや、レポートやイベントを通じて刺激を受けたことも大きな支えとなりました。当初の予定より(制度変更もあり)長くご支援いただけた上、コロナ禍の中でも変わらず支援をいただくなど財団の皆様には感謝の言葉もありません。今後も活躍することで恩返しできるよう日々の研究に励んでまいります。

研究の具体的な成果としてはこれまで論文を6本発表し、さらに3本を準備中です。さらに学会発表はポスター3件と口頭2件を行いました。以下に発表論文の要旨をまとめました。

  • K. Luksch, E. Bentine, A. J. Barker, S. Sunami, T. L. Harte, B. Yuen and C. J. Foot, “Probing multiple-frequency atom-photon interactions with ultracold atoms”, New Journal of Physics, 21, 7 (2019).
    量子気体の光との相互作用について今まで報告されていなかった性質の現象を報告しました(6次の相互作用など)。この結果が新たな実験を計画するときに役に立ちます。また、非常に精密な理論検証となり理論モデルのテストとしても貢献しました。

  • A. J. Barker, H. Style, K. Luksch, S. Sunami, D. Garrick, F. Hill, C. J. Foot and E. Bentine, “Applying machine learning optimization methods to the production of a quantum gas”, Mach. Learn.: Sci. Technol. 1 015007 (2020)
    DeepMind社との共同研究で、機械学習を用いて量子気体の実験を最適化し、人の手を使わずに実験のメンテナンスや複雑な調整を行うことが出来るようになりました。特に、全く事前知識のない状態でアルゴリズムを用いることが出来たため、この論文の成果が研究分野のコミュニティにとってのベンチマークになるはずです。

  • A. J. Barker, S. Sunami, D. Garrick, K. Luksch, E. Bentine and C. J. Foot, “Individual manipulation of hyperfine states of cold atoms”, J. Phys. B: At. Mol. Opt. Phys. 53 155001 (2020)
    複数の光の周波数と、複数の原子の種類を用いて特殊な原子干渉計の手法を実現する方法を提案し、実験的に検証しました。

  • E. Bentine, A. J. Barker, K. Luksch, S. Sunami, T. L. Harte, B. Yuen, C. J. Foot, D. J. Owens and J. M. Hutson, “Inelastic collisions in radiofrequency-dressed mixtures of ultracold atoms”, Phys. Rev. Research 2, 033163 (2020)
    複数の量子気体の原子種間の相互作用について、現在まで考えられてきた予想と違う実験結果を報告しました。物理現象の解釈について修正された手法を提案しました。

  • A. J. Barker, S. Sunami, D. Garrick, A. Beregi, E. Bentine, C. J. Foot “Coherent splitting of 2D Bose gases in magnetic potentials”, New Journal of Physics, 22, 103040 (2020).
    2次元量子気体のコヒーレントな(量子状態を保った)操作を可能にし、その実験手法と特徴について報告しました。

  • E. Ilo-Okeke, S. Sunami, C. J. Foot, T. Brynes, “Spin squeezing in a double-well trap using non-destructive imaging”, submitted to PRX Quantum.
    量子測定技術によってエンタングルメントを生成し、標準量子限界(ショットノイズ)を超えた精密測定を可能にするスピンスクイージングを私達の実験系で実現する方法を理論的に提案しました。また、スピンスクイージングの理論手法を一般化しこれまで用いられた近似手法では適用できない状況でも理論予測ができるようになりました。

  • S. Sunami, D. Garrick, A. Beregi, E. Bentine, C. J. Foot, V Singh, L. Mathey, “Fluctuation and Coherence in Two-dimensional Bose Gases Across Berezinskii-Kosterlitz-Thouless Phase Transition”, in preparation
    2016年のノーベル賞の対象となったBKT相転移を量子気体で観測することに成功しました。これまでの報告と違い、詳細な相関関数の計算を行えたためBKT転移について今後私達の手法を用いてより多くの理解がなされるのではないかと期待しています。

  • S. Sunami, D. Garrick, A. Beregi, E. Bentine, C. J. Foot, V Singh, L. Mathey, “Dynamical Berezinskii-Kosterlitz-Thouless Phase Transition in quasi-2D Bose Gases”, in preparation
    上の成果に基づき、BKT転移の動的な特徴を捉えることに成功しました。相転移の動的な特徴は系の詳細によらず、場合によっては初期宇宙のスケールからナノスケールまで“Universal”な関係で繋がっていることが知られており、この成果によるBKT転移のより良い理解がより多くの現象の解明につながると考えられます。

  • S. Sunami, D. Garrick, A. Beregi, E. Bentine and C. J. Foot, “Full Counting Statistics of Fluctuations in quasi-2D Bose Gases”, in preparation
    低次元量子系ではランダムなゆらぎが重要な役割を果たし、BKT転移もそのゆらぎに影響を受けています。私達の実験では平均や分散だけでなく、これまで観測されていなかった高次のモーメントを含むヒストグラムを取ることができました。理論との比較を含め報告する論文となる予定です。

 

研究以外について

イギリスに長期間滞在すること、そして世界有数の大学の博士課程にて非常に優秀な人々に囲まれて過ごしたことで、人として大きく成長できたように感じています。

イギリスに来た当初は優秀な同僚や同級生に引け目を感じて失敗しないようにと気をつけていた印象がありますが、博士課程1年目で独力で研究をすすめる手応えを感じるとともに江副記念リクルート財団の奨学生に採用していただいたという大きな変化もあり、自分の仕事に自信を持ち始めることができました。その後は最終学年に研究テーマを拡大して成功したことや個人的な面では結婚も経て、今後の人生の基盤を築けたのではないかと思います。

博士課程では一つのことを突き詰めて成果を出すことを経験できました。今後は、研究の面でも個人的な面でも幅を広げてより多彩な成果を出して行きたいと考えています。

後輩たちへのメッセージ

江副記念リクルート財団の奨学生の皆さんは高い能力に加えて独自の個性・才能を持っており、非常に尊敬しています。短期的な流行りや利益に囚われず、幅広い選択肢を見て進路を選ばれることを祈っています。学会や財団のイベントなど、様々な場でまたお会いできることを楽しみにしています!

研究室のクリスマスディナー

大学のオープンデイにて、自分たちで作成した研究テーマに関連するVRゲームを遊んでもらいながら研究内容について説明しています。

大学の風景。中央は大学の中でも有名な図書館です。

角南槙一
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