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北村 陽さん
(チェロ)

北村陽(チェロ)未来の音シリーズ Vol. 35

2023.8.6(日) 15:00
目黒パーシモン 小ホール

北村 陽:チェロ
犬伏啓太:ピアノ

◆プログラム
シューマン:幻想小曲集 op.73
シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821
黛 敏郎:無伴奏チェロのための「BUNRAKU」
プロコフィエフ:チェロ・ソナタ ハ長調 op. 119
ロストロポーヴィチ:ユーモレスク op.5
アンコール曲 J.S. バッハ:無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV 1012 第4曲 サラバント

今年度から財団の奨学生としてお迎えしたチェロの北村陽さんは、まだ19歳。とはいえ、4歳でチェロを始め、弱冠9歳でオーケストラと初共演し、10歳でリサイタルを開いたそうです。
どのようなバックグランド、個性、音楽に対する考え方の持ち主なのかを探りたく、たくさんの質問を投げかけましたが、北村さんの個性がにじみ出るような答えが返ってきました。

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Q1. 北村さんは、4歳の頃からチェロを始めたとのことですが、何がきっかけでチェロを始めたのでしょうか。

 3歳の時に、ディズニー映画「ファンタジア2000」のデュカス『魔法使いの弟子』が大好きで、最初は、そのテーマを吹いていたファゴットに憧れたのですが、子供サイズの楽器がないと言われてしまいました。その後、ファミリーコンサートで、コントラバスのお兄さんが、楽器をくるくる回して楽しそうに演奏しているのを見て、コントラバスをやりたいと思ったのですが、こちらも子供サイズがなく諦めました。

ある日、楽器の図鑑を眺めていて、同じような音域なので、ファゴットのそばにコントラバスに似た形のチェロが描かれていました。そこで急いでチェロの音楽を探して聴いて、「絶対この楽器をやりたい!」と思いました。けれどもすぐには習わせてもらえず、母と一緒に作ったダンボールのチェロで、鼻歌を歌いながらチェロを弾くまねをして遊んでいました。

毎日飽きずに弾いていたら、半年後ようやく本物のチェロを習えることになりました。 

Q2. 今回のプログラムの中でも、黛敏郎作曲の無伴奏チェロのための「BUNRAKU」はとても新鮮でした。西洋音楽で使用されるチェロの音が、人形浄瑠璃文楽の太夫や三味線の音楽をこれほど違和感なく表現できるとはびっくりしました。弾いていてどう感じられましたか? 

違和感なく表現できていたと仰っていただき、とても嬉しいです。

文楽は大阪発祥の伝統芸能で、台詞も大阪弁です。関西出身の私としては、楽譜に書かれていない太夫の台詞のイントネーションなどをこだわって表現しようと思いました。

実際に文楽を観に行ったり、DVDや動画などを観て、自分なりにストーリーも考えたりしています。そうしてこだわっていくうちに、太夫の声、太棹三味線、人形の動きや表情だけでなく、笛、拍子木、足踏み、舞台の空気感など表現したい音を出すことに夢中になりました。この追及は終わりなく続いていくと思います。

©めぐろパーシモンホール

Q3. 今年の10月からベルリン芸術大学に留学されるそうですが、どのような理由でこの大学を選ばれたのでしょうか。留学生活で何を得て、何を学び、どんな成果を上げたいと思っていますか? 

この大学を選んだのは、イェンス=ペーター・マインツ先生に師事したいと思ったからです。

私は、2018年にドイツのクロンベルク・アカデミーで、初めてマインツ先生のレッスンを受講することができました。アカデミーでは自分がレッスンを受けるだけでなく、他の先生や受講生のレッスンも見ることができます。そんな中、マインツ先生の曲に対する読み込みの深さと、さまざまな視点からの解釈と表現力の大きさに感動しました。それ以来、いつか先生に師事したいと願っていました。 

留学生活では、やはりドイツ音楽を学ぶことと、世界的アーティストが集まるベルリンで、より多くの音楽や芸術に触れ、大学ではさまざまな国の人達と交流していきたいと思っています。

また、ヨーロッパ諸国への移動がしやすくなるので、国境を越えて、それぞれの国の文化や言語を学び、音楽祭やマスタークラスにも積極的に参加していきたいです。

経験が全て音楽に現れてくると思いますので、私の演奏を聴いた方に、柔軟で創造的な演奏だと感じていただけるようになりたいです。 

Q4. 北村さんが演奏する時、一番大事にしていることを挙げるとするとどんなことでしょうか。 

楽譜や当時の歴史から、作曲家の想いに少しでも近づけるようにすることです。

世界的アーティストのとても個性的に感じる演奏も、よく聴いてみると、実は楽譜に忠実なことがほとんどです。突拍子もないように聴こえても、楽譜を読み込むとその理由が見えてきます。

私も作曲家の想いを忠実に表現しようとしていく中で、自分らしさが表現できるようになりたいと思っています。 

Q5.北村さんが特に好きな作曲家は誰ですか。それはなぜでしょうか。 

特に、といわれると難しいです。その時々に弾いたり聴いたりした曲を好きになるので、どんな曲でもそれぞれに魅力があってなかなか一人を決められません。

どうしても一人決めなければならないとしたら、ラフマニノフです。ラフマニノフの和声がたまらなく好きです。 

Q6. 北村さんはまだ19歳ですが、10年後、20年後は、どのような演奏家になっていたいと思いますか? 

自分が音楽を学び続けることはもちろんですが、社会的にどのような活動をしていくかも重要になってくると思います。

私は、東日本大震災の翌年にオーケストラの団員の一人として被災地で演奏しましたが、依然としてバスより高く瓦礫が積み上げられているところであっても、私達の演奏を聴いた方々が笑顔を見せてくださいました。震災後に流すことすらできなかった涙を、演奏を聴いて流すことで、わずかでも救われると感じてくださる方がおられました。

音楽が聴ける時、聴けるようになった時は、ほんのいっときであっても、穏やかで安らかなときを得ることができると思います。もし、怒りや戦いに気持ちが向かっている人であっても、音楽によって、一度立ち止まって考えを整理して、安寧の世を求めるきっかけになったらという願いがあります。

音楽で世界を平和にということが、私の一番大きな夢です。 

©めぐろパーシモンホール

Q7.チェロ以外で好きなこと、やりたいことは何かありますか?

 好きなことは、雲を見ることと、写真を撮ることです。

写真は、空に限らず何を撮るのも好きです。動画にはない、写真だからこそ、想像力を刺激する世界が無限に広がっていると思います。

雲を見るのは小さいころから好きです。姿を変えながら世界中を旅する雲は、その土地の風の色や、全ての生きるものの営みを見てきている。そんな旅人と心を通わせるひとときは、心が解放されていきます。

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「経験が全て音楽に現れてくる」とのこと。この秋から留学する北村さんは、間違いなくいろいろな経験を積まれることでしょう。それによってどのように北村さんの音楽が変わっていくのか。どこまで大きく羽ばたいていくのか。傍らで見ることができるのは本当に幸運で、期待が膨らみます。

「音楽を学び続けることはもちろんですが、社会的にどのような活動をしていくかも重要」という北村さん。「音楽で世界を平和に」が、北村さんの一番大きな夢とのこと。今の時代こそ、その夢を追求してほしいですね。