当財団では、現役奨学生・役員・選考委員・アルムナイが毎年一堂に会して、活動の共有と交流を深める総会を開催しています。
今年度もオンライン形式にて実施し、時差に配慮した午前・午後の二部構成としました。奨学生有志による総会委員が中心となって企画を行い、新規奨学生の紹介をはじめ、キャンパスツアー、成果報告、ライトニングトークなど、多彩なプログラムを通じて活発な交流が生まれました。
開催概要
◇日時:2026年3月29日(日)午前の部:10:00~13:00、午後の部:18:00~21:00
◇司会
午前の部:学術部門・カリフォルニア大学サンディエゴ校 チイ クリストファー チャオ
午後の部:学術部門・インペリアル・カレッジ・ロンドン 松下直太郎
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開会挨拶 |
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マンハッタン音楽学校(米国・ニューヨーク) |
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器楽部門:ニューイングランド音楽院 吉見友貴 |
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器楽部門:エコールノルマル音楽院 橘和美優 |
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スポーツ部門:早稲田大学 小野光希(スノーボード) |
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理事長 峰岸真澄 |
総会の冒頭、専務理事の鶴宏明による開会挨拶に続き、事務局より2025年度の活動実績が報告されました。各部門の交流イベントや世界各地で活躍する奨学生の成果が共有され、財団コミュニティの広がりを再確認する場となりました。
その後、2026年4月より第55回生として加わる19名の奨学生を紹介。自己紹介では、一人ひとりが自身の専攻や競技の魅力、そして今後の抱負を熱意を込めて語りました。多様なバックグラウンドを持つ新メンバーの紹介は、今後の成長と活躍への期待が高まる時間となりました。

2. キャンパスツアー
海外で留学生活を送る奨学生の日常を届けるキャンパスツアー4本を上映しました。今年度は、他部門の奨学生が取材や編集を担当するインタビュー形式を軸に構成。部門を越えた視点から、それぞれの学びや挑戦の空気感を共有しました。
- マンハッタン音楽学校(米国・ニューヨーク) 学術部門の山神開さんが、器楽部門の外村理紗さん・竹内鴻史郎さんを取材。音楽に向き合う日々のルーティンや現地の臨場感溢れる環境を紹介しました。(編集:アート部門・平石幸一ラファエルさん)
- ラマー大学(米国・テキサス) 学術部門の谷澤文礼さんが、スポーツ部門の吉川大紀さんにリモート取材。本場、米国のアメリカンフットボール部での過酷なトレーニングや文武両道の競技生活に迫りました。(編集:スポーツ部門・長瀬凛乃さん)
- シカゴ美術館附属美術大学(米国・シカゴ) アート部門の平石幸一ラファエルさんが、自ら撮影・編集を担当。写真を中心に日々制作に打ち込むスタジオの熱気や、アーティストの視点で切り取ったキャンパスライフを発信しました。
- ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(英国・ロンドン) アート部門の富田ネオさんが、学術部門の渡部翠さんを取材・編集。専門的な研究内容から現地での暮らしまで、歴史あるロンドンの校舎を背景にアーティストの感性で切り取りました。
いずれの映像も、分野や環境の違いを越えて互いを刺激し合う、財団ならではの良好なコミュニティを象徴する機会となりました。
3. 成果報告
器楽部門:ニューイングランド音楽院 吉見友貴さん
吉見さんの今回の発表は、昨年行われた世界三大コンクールの一つ「エリザベート王妃国際コンクール」への再挑戦の記録です。コロナ禍の変更でファイナリストが半減し、セミファイナル敗退となった2021年のコンクール。「本来ならファイナルに行けたはず」という悔しさを糧に、2度目の挑戦を決意しました。
吉見さんは、1週間外部と遮断され渡されたばかりの新曲を仕上げる「隔離生活」など、同コンクール特有の過酷な課題についても言及。しかしこのコンクールの前までは、テクニック以上に「舞台への恐怖心」を抱えていたといいます。「こう弾いたら誰かに✖を付けられるのではないか」という不安から、音楽に没頭できない苦悩を抱えていました。
そこで今回、「勝利ではなく、自分のやりたい音楽を伝えること」へ目標を転換。結果、かつてない没頭感の中で念願のファイナル進出を果たしました。自分の中で「できた」という実感を久しぶりに得ることができ、音楽が持つ包容力に包まれながら演奏できたそうです。結果として、入賞こそ逃したものの、念願のファイナル進出を達成することができました。 自身の音楽を信じ抜いた経験は、何物にも代えがたい収穫となりました。
その後、東京・大阪での初のリサイタルツアーなど活躍の場を広げており、5月の修士課程修了後は拠点をドイツへ移す予定です。

スポーツ部門:パラアイスホッケー 伊藤樹さん
2026年3月にミラノ・コルティナパラリンピックのパラアイスホッケー日本代表として出場し、日本のエースとして戦い抜いた伊藤さん。9歳の時の交通事故で両足麻痺となり一度はアイスホッケーを断念しましたが、パラアイスホッケーとの出会いで再起しました。18歳で単身渡米し、世界最高峰の環境で研鑽を積むなど高みを目指し続けています。
今回の成果報告では、パラリンピック出場を決めた劇的な予選の裏側が語られました。長年の課題である得点力不足を解消するため、米国で世界NO.1キーパーを相手に猛練習を重ね、フィジカル強化のため、様々な課題を自身に課す自己改革を行いました。その結果、最終予選では16年間勝てなかった格上ノルウェーを破る快挙を成し遂げ、見事にパラリンピック出場権を掴み取りました。
初のパラリンピック本大会は全敗という厳しい現実となりましたが、伊藤さんは「この悔しさは一生忘れない。2030年大会では必ずメダル争いに絡む」と力強く宣言。言い訳せず努力し続けるエースの覚悟と真摯な姿勢を感じる発表となりました。

アート部門:ロンドン大学ゴールドスミス校 山田誠人さん
美術史とファインアートを専攻する山田誠人さんは、都市空間や物質に潜む「イメージと機能のズレ」に着目し、私たちが無意識のうちに受け入れている規範や価値観を問い直す視覚言語の研究・制作を行っています。
その発想は、不思議の国のアリスに登場するマットハッターの「誕生日ではない日を祝う」という逆転の論理にも重ねられます。米軍基地に隣接したニュータウンで育った経験から、均質化された都市環境や愛着の希薄さに関心を抱き、「なぜかメイクセンスしない状態」をあえて生み出すことで、既存の枠組みを揺さぶる表現を探求してきました。
ロンドンでの制作やリサーチを通じては、公と私の領域の境界や都市に漂う匿名性といったテーマにも関心を広げています。日常に潜む違和感や小さなズレを起点に、空間や物質の関係性を再構成しながら、新たな知覚や解釈の可能性を提示する試みを続けています。

学術部門: カリフォルニア大学バークレー校 大古一聡さん
発表ではまず、博士課程での研究生活について紹介がありました。シリコンバレーの最前線ならではの激しい環境変化に直面しながらも、自律的に研究を継続してきた経験が共有されました。そうした予期せぬ困難を通じて、主体的に研究を進める力や不確実性を乗りこなす柔軟な姿勢を培ってきたことが語られました。
研究内容としては、「人間のフィードバックをAIに反映する際に生じる“歪み”」をテーマに、AIを人間の意図や価値観に整合させる技術(AIアラインメント)について解説がありました。
現在主流となっている手法(RLHF)では、人間が複数の回答を比較して好みを示すデータをもとにAIを学習させます。しかし、実際にはユーザーごとに価値観や好みが異なるにもかかわらず、それらを一つの平均的な基準として扱ってしまうため、「特定の表現や絵文字を好む少数の傾向」にAIが過度に引きずられてしまう現象を指摘。
大古さんは、この現象がどのような条件で生じるのかを理論的に分析し、AIが必ずしも全ユーザーの満足度を最大化できていない可能性を数学的に示しました。「AIが、私たちの多様な価値観をどう正しく反映すべきか」という、次世代AI開発の根幹に関わる課題の重要性を、改めて浮き彫りにした発表となりました。

学術部門:インペリアル・カレッジ・ロンドン アガルワラ ユキさん
アガルワラさんは、臨床を担う「医師」とメカニズムを解明する「研究者」の両立を目指しています。30以上のラボへ交渉し、ハーバード大学がん研究センターでの研究機会を自力で獲得。さらに米国の臨床現場を学ぶため、土日での英国一時帰国を経てビザを切り替えるという驚異的な行動力で、世界初のがん免疫療法専門病棟での研修を実現させました。
発表では、新薬の副作用で意識を失った食道がん患者のエピソードを紹介。免疫細胞が仲間を呼ぶ「テニスボール(IL-6)」に例え、医師がそのボールを受け取る「手」をブロックする的確な判断を下したことで、患者が劇的に回復した瞬間を共有しました。理論と現場が繋がる「医療と研究の相互作用」のポテンシャルを目の当たりにし、深い感銘を受けたといいます。
現在までに6本の論文が掲載され、世界最高峰の科学誌『Cell』への掲載も予定されるなど、研究成果は群を抜いています。日々の臨床研修の傍ら、マサチューセッツ総合病院等との共同研究も継続。「現場のニーズを研究に、研究の成果を患者に届ける」という揺るぎない志に、会場全体が強く鼓舞されました。

4. ライトニングトーク
10名の奨学生によるライトニングトークが行われました。器楽、スポーツ、アート、学術という異なる分野から、それぞれの知られざる魅力が語られました。
器楽部門:エコールノルマル音楽院 橘和 美優さん
パリのエコールノルマル音楽院でヴァイオリンを学んでいる橘和さんは、フランス語の「リエゾン(音の繋がり)」にインスピレーションを受け、単語と単語が自然に繋がる感覚は、フランス音楽のフレージングととても似ていると感じたといいます。音を区切るのではなく自然に繋げること、そして音と音の間に意味を持たせることの大切さに気づきました。音楽は単なる音の連続ではなく、言葉のように流れ呼吸するものなのだと改めて感じたそうです。
器楽部門:エコールノルマル音楽院 牛田 智大さん
同じくエコールノルマル音楽院でピアノを学ぶ牛田さんは、「芸術は記憶装置である」という深い洞察を提示しました。音楽に関して言えば、数年前に書かれた「楽譜」という「不完全な情報」から、その時代の様々な感情や思想を「復元」することをテーマにしている。芸術として音楽が生きていくために必要なのは、技術はもとより、歴史・思想的背景。演奏家とは、作品が生まれた場所の空気を感じながら、過去の記憶を呼び覚ます存在である。その哲学的な音楽観に、会場全体が静かに聞き入りました。
スポーツ部門:日本女子体育大学 長瀬 凛乃さん
オリンピック出場を目指し、フェンシング(フルーレ)に打ち込む長瀬さんは、14メートルのピスト上で繰り広げられる高度な戦略を解説。瞬時のリズムチェンジや、相手だけでなく審判の癖まで見抜く冷静さの重要性を語りました。また、オリンピック連覇の選手が見せた他者に対する細やかな気配りのエピソードを通じ、真の強者に求められる人間性についても触れました。
スポーツ部門:第一学院高等学校 仁科 優花さん
仁科さんは、ゴルフにおいて「再現性の追求」と「自己分析」を軸に競技力向上に取り組んでいます。弾道測定器を用いたデータ計測により各ショットの精度を可視化し、安定したパフォーマンスの土台を築いています。また、試合後には18ホールすべてのプレーを丁寧に振り返り、成果と課題を言語化することで次の成長へとつなげています。さらに、日本とは芝質や気候の異なる海外遠征での経験を通じ、環境に応じた適応力や事前準備の重要性も実感。プレッシャーのかかる場面でも自分の力を発揮するための、再現性の高い技術と向き合うプロフェッショナルな姿勢を語りました。
アート部門:シカゴ美術館附属美術大学 平石 幸一ラファエルさん
平石さんは、写真という媒体の不確かさに着目し、記憶と現実のズレから生まれる感情を起点に制作を行っています。作品のインスピレーションは常に日常生活の中にあり、内面と外の世界が交わる瞬間に生じる感情を大切にしていると話します。地元の風景が変わっていないにもかかわらず、自身の記憶と食い違うという体験から、記憶の曖昧さや感情の介入に関心を深めました。現在は複数のフィルムネガをコラージュし印画紙に焼き付ける手法を用い、記憶を辿る過程で生じる解釈の揺らぎや変容を独自の感性で表現しています。
アート部門:ベルリン芸術大学 中岡 尚子さん
サウンドアートを学ぶ中岡さんは、録音に内在する虚構性に着目し、音の認識のあり方を探求しています。フィールドレコーディングの経験から、音は単なる記録ではなく、プロセスの中で変容する表現であると捉えるようになりました。ベルリンでの生活や制作活動を通じて、文化や背景の異なる他者との関係性に関心を広げるとともに、自己と他者が相互に影響し合う在り方についても思考を深めています。公共空間で同じ時間を共有しながらも異なる音を聴く体験に着想を得て、「同じであること」と「異なること」の間の関係性を探っています。
学術部門:スタンフォード大学 田久保 勇志さん
航空宇宙工学を専攻する田久保さんは、宇宙機の自動運転という刺激的なテーマを紹介。今後、宇宙空間に数十万、数百万規模の衛星が打ち上がる時代において、人間によるコントロールの限界を指摘しました。火星のテラフォーミング(地球化)などの壮大な探査を見据え、「宇宙機自らが考え、判断する」技術の必要性を熱く語りました。
学術部門:ハーバード大学 内藤 直樹さん
有機化学を研究する内藤さんは、現代の化学産業が抱える環境課題に切り込みました。高価で環境負荷の高いレアメタルの代替となる、環境に優しい有機触媒のデザインについて解説。二酸化炭素を価値ある化学品へ変換するプロセスなど、持続可能な未来を支える基礎研究の意義を共有しました。
学術部門:インペリアル・カレッジ・ロンドン 松下 直太郎さん
自身の研究テーマである1型糖尿病の根治に向けたビジョンを提示。自己免疫によって膵臓の細胞が破壊されてしまうこの疾患に対し、免疫制御と再生医療を融合させた新たな治療戦略の確立を目指しています。「患者が毎日の血糖管理から解放され、自由に生活できる社会」の実現に向けた、科学と医療の融合という一歩を力強く語りました。
学術部門:ケンブリッジ大学 川村 祐貴さん
医学を専攻する川村さんは、国民病とも呼ばれる脳卒中後の後遺症(てんかんや認知症)を防ぐための炎症制御を研究しています。医師と研究者の両立を体現し、現在は欧州の診療ガイドライン策定や学会の座長を務めるなど、すでに世界の医療現場をリードする立場。臨床の現場と最先端の研究をフィードバックさせ、一人でも多くの人の日常を守る決意を共有しました。
5. 卒業生紹介・代表挨拶
2025年度で卒業する13名を代表し、3名の学生が感謝と決意を込めて登壇しました。
スポーツ部門:早稲田大学 小野 光希(スノーボード)さん
ミラノ・コルティナ冬季オリンピックでの銅メダル獲得という快挙を成し遂げた小野さんは、苦しい時期を支えたのは財団の挑戦し続ける姿勢を温かく見守る姿勢だったと振り返りました。また、部門を越えた交流が自身の視野を大きく広げてくれたと語り、後輩たちへ、この貴重な環境を胸を張って進んでほしいと力強いエールを送りました。
アート部門:ベルリン芸術大学 増田 麻耶さん
欧州での社会不安の中で研鑽を積んだ増田さんは、芸術を世界の複雑さを省略せず、別の現実として作り変える力と定義しました。制作とは”自らの生きた記録が刻まれた石を、遠い未来へ一筋の希望とともに投げること”であると語り、生きることと作ることの循環に向き合う十分な時間を支えてくれた支援への感謝を伝えました。
学術部門:ケンブリッジ大学 川村 祐貴さん
脳神経内科医として臨床と研究の両立を目指す川村さんは、AI時代における学ぶ意味を問いかけました。ボランティア経験を通じ、一見無駄に思える行為にこそAIには代替できない癒やしと学びがあると確信。財団が、答えのない問いの前に立ち止まる時間を守ってくれたことへの深い感謝を述べました。

6.閉会挨拶
総会の最後は、理事長・峰岸真澄による挨拶で締めくくられました。学術やアートが持つ冷静な知性や多角的洞察力、スポーツのフェアプレー精神、そして音楽の癒やす力。一人ひとりが専門性を深める営みこそが、混迷する社会を再生させる礎になる。その温かくも覚悟の宿る言葉とともに、2025年度総会は未来への確かな希望を共有して幕を閉じました。
第55回総会 総会委員
学術部門第54回生 岡村 有紗
学術部門第54回生 上月 彩夏
学術部門第54回生 谷澤 文礼
学術部門第54回生 山神 開
学術部門第54回生 李 卓衍
器楽部門第50・54回生 佐々木つくし
器楽部門第54回生 竹内 鴻史郎
アート部門第54回生 平石 幸一 ラファエル
アート部門第54回生 山田 誠人
スポーツ部門第54回生 岡崎 陽向
スポーツ部門第54回生 嶋倉 照晃
スポーツ部門第54回生 長瀬 凛乃



